正門をくぐると真っ先に目に飛び込んでくる、京都大学のシンボル「時計台」。
京都大学のシンボル「時計台」
百周年時計台記念館(以下、時計台)は、工学部建築学科初代教授 武田五一氏が設計し、1925(大正14)年に完成した京都大学のキャンパスを代表する建物です。その外観は格調高い風格を備え、歴史的にも貴重な存在となっています。完成以来、かつては法学部、経済学部の講義施設、近年は本部事務局として歩んできた時計台は、現在、学術の交流および社会との連携の場として、京都大学のシンボル的な存在となっています。ちなみに、広報・社会連携推進室も1階に事務室を構えています。
時計台の核ともいえる時計は、1925(大正14)年2月に誕生以来、今も現役で確かな時を刻み続けています。今回は、その歴史ある京都大学の「時計塔」の内部をクローズアップして紹介します。
時計台の時計を40数年間、修理・点検し続けてきた「時計台の主治医」、杉谷ムセンの杉谷鉄夫さんに、月に一度のメンテナンス(点検・修理)に同行させてもらいました。
メンテナンス用の入り口から続く、92段の急な階段を上ると、時計塔の心臓部にたどりつきます。高齢の杉谷さんにとってはここを上るだけでも、かなりの重労働です。
92段の急な階段は上るだけで大変 | 「時計台の主治医」杉谷鉄夫さん |
時計塔内部
時計塔内部の室内温度は5度。ひんやりした空間の中で、およそ2時間の作業をこなしていきます。
メンテナンスは主に大きく分けて6箇所あり、それぞれの点検箇所を、それぞれのポイントにあわせて入念にチェックしていきます。
「この点検報告書に沿ってメンテナンスします」
メンテナンスの流れ
(1)時計部:時間の正確さの検証を行います。 |
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| (6)電源部:電源が正常に作動しているかを確認します。 |
季節や天候によっても微妙にその状態が変わるため、長年の経験をもとに、様々な角度から時計の点検を行う杉谷さん。その表情は、まさに主治医のごとく、真剣そのものです。
こうしたメンテナンス作業をとおして、これまで40数年間、時計台をみつめ、その息づかいを感じてきた長年の主治医だからこそ知る貴重なエピソードを、同行途中で伺いました。
英国のビッグベンで、長年の悩みを解決する念願のオイルに出会う。時計を救った、運命のオイルの「実は」。
重要なメンテナンス作業の一つに、駆動電動機の軸受け部分の油切れチェックと給油があります。軸受けとは、四方の文字盤の針を動かすシャフトを支える金具のことです。この部分の摩擦を軽減するために、シャフトに挿すオイルの質が、杉谷さんの長年の悩みの種でした。
シャフトにオイルを挿すことで摩擦を軽減
これまで様々なオイルで試行錯誤してきたものの、どれも粘度が低いことから、油漏れが激しく(油膜の保持が出来ずに漏出してしまう)、結果として油が早く切れてしまい、摩擦が起きてしまいます。京都大学の時計に適した粘度の高い良質なオイルには、長い職人人生の中でもなかなか出会えませんでした。
しかし数年前、杉谷さんはあるきっかけで、英国会議事堂の時計塔「ビッグベン」と京都大学の時計台の駆動構造が非常に似ていることを知ります。
「あのビッグベンは常に円滑に時を刻み、鐘を鳴らしている。あそこにきっと答えがあるはずだ。」そう推理した杉谷さん。それ以来、ありとあらゆる方法で、ビッグベンの情報を仕入れようとしますが、簡単には叶いません。
そんなとき、たまたま時計台の取材で知り合った新聞記者との縁がきっかけとなり、チャンスが到来、初めて念願のビッグベンを訪れ、内部に足を踏み入れることに成功しました。しかし、英国人特有の気質か、関係者からは詳しいことは頑なに教えてもらえなければ、もちろんオイルを容易に譲ってももらえません。何とかここで答えを見出したいと必死で情報収集を試みた結果、ビッグベンの保守担当者からヒントをもらい、同じオイルを使っている人を見つけ出し、貴重なオイルを分けてもらうことができました。
右が現在使用しているオイル。左が昔使っていたのもの。
帰国し、早速使ってみると、職人の勘は的中しました。念願のそのオイルは、粘度が高く、油膜の保持は抜群で、差し替えも少量で済みます。それ以降、少量のオイルでも、容易に切れてしまうことなく、杉谷さんの長年の大きな悩みの種はすっかり解消されたのでした。
次号に続く