肺がんは死因の多くを占める疾患の一つであり治療に伴う医療費負担も大きな課題です。近年薬物療法を中心にその治療方法が変化しており、実臨床における治療内容、治療効果、および医療費の詳細な検討が必要になっています。肺がんの中でも、非小細胞肺がんは肺がんの80-90%を占め、手術療法の適応がある段階で発見し、治療することが生存率改善および公的経済負担減少につながることが指摘されてきました。
島本大也 医学研究科特定助教、石見拓 同教授、中山健夫 同教授らと、京都市、アストラゼネカ株式会社、株式会社ヘルステック研究所の共同研究グループは、京都市が保有する統合データ(国民健康保険および後期高齢者医療制度加入者の医療レセプト、健診結果、介護認定情報、介護レセプト等を統合したデータベース)を用い、新規発症の非小細胞肺がん患者において、初回治療が手術療法であったグループ(手術群)と、それ以外の治療(薬物療法か放射線療法。薬物/放射線療法群)に区分し、患者の背景、生存期間、その後の総医療費を算出しました。
2,609名が研究の対象となり、そのうち手術群は1,035人(39.7%)、薬物/放射線療法群は1,574人(60.3%)でした。薬物/放射線療法群は、手術群と比べて高齢であり、男性である割合が高く、介護度も高い傾向がありました。また、5年後には手術群で75%が生存しているのに対し、薬物/放射線療法群は25%未満の生存であり、手術群の経過が良いことが示されました。生存期間に応じた総医療費では治療後6ヶ月の時点では手術群の中央値2,409(四分位範囲 2,064–3,224)に比較して薬物/放射線療法群 中央値2,951(1,600-4,706)であり、その差は中央値で500千円程度でした。その後生存期間が延びるにつれて、いずれの群も総医療費は増えますが、薬物/放射線療群では医療費の増加が大きく、4年後までの総医療費は、中央値で薬物/放射線療法群 10,202(千円)と手術群5,257(千円)の約2倍となっており、医療費の観点からも早期発見による手術実施の大切さが示されました。
本研究成果は、2023年4月21日に、国際学術誌「Thoracic cancer」にオンライン掲載されました。
「京都市の有するデータを用いた研究の第2弾として、非小細胞肺がん患者における初期治療の変化と生存割合の経年的な改善、医療費の増大といった実態を明らかにしました。これは、早期発見早期治療の重要性を改めて示す結果と言えます。解析に際しては統合データベースに関する背景知識、日本の医療費請求の制度や保険制度に関する知識、肺がんの治療に関する臨床的な知識といった広範な知見が必要であり、京都市の皆様や共著者の先生方を始めとしたチームとしての協力がとても重要でした。これからも肺がんをはじめ、様々なテーマで同データベースを解析し、京都市民、社会にその成果を還元して参る所存です。」(島本大也)
「自治体の持つビッグデータに含まれる価値を十分に引き出し、社会還元するためには、今回のような産官学民連携した取り組みが不可欠であり、こうした取り組みを継続できる体制の構築を目指しています。」(石見拓)
【DOI】
https://doi.org/10.1111/1759-7714.14900
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/283350
【書誌情報】
Tomonari Shimamoto, Yukiko Tateyama, Daisuke Kobayashi, Keiichi Yamamoto, Yoshimitsu Takahashi, Hiroaki Ueshima, Kosuke Sasaki, Takeo Nakayama, Taku Iwami (2023). Survival and medical costs of non-small cell lung cancer patients according to the first-line treatment: An observational study using the Kyoto City Integrated Database. Thoracic Cancer, 14(17), 1574-1580.
読売新聞(7月29日 28面)に掲載されました。