井上謙一 霊長類研究所助教、高田昌彦 同教授、工藤もゑこ 国立精神・神経医療研究センターテクニカルフェロー、Sidikejiang Wupuer 同研究員、関和彦 同部長らの研究グループは、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を用いて、小型霊長類であるコモンマーモセットの痛覚神経へ選択的に遺伝子を導入することに成功しました。
慢性疼痛は特定の疾患の患者だけでなく、一見健康に見える人の多くが抱える悩みです。過去の調査によれば、日本人成人の4人に1人が何らかの慢性疼痛を有しているとまでいわれています。この、慢性疼痛の24%は「神経障害性疼痛」、つまり体性感覚系の損傷や疾患が原因となって起こる疼痛です。神経障害性疼痛は皮膚などが刺激されなくても持続的に起こる痛みで、現在まで根本的な治療方法は存在しませんでした。しかし、現在盛んに研究が行なわれている遺伝子治療の技術を用いれば、神経障害性疼痛の根治が可能になるかもしれません。例えば、疼痛を伝える末梢感覚神経(侵害受容神経)に選択的に治療関連遺伝子を導入してその活動を抑制することができるようになるかもしれません。しかし、末梢神経には、侵害受容神経の他にも、自分が動いているということを伝える神経や、触覚を伝える神経が混在しているため、そのような侵害受容神経のみへの選択的な遺伝子導入は長年不可能とされてきましたが、近年、それを可能にするかもしれない遺伝子治療技術が提案されました。つまり、アデノ随伴ウイルスベクターを用いて、外来遺伝子を侵害受容神経へ選択的に導入する技術です。この技術は、革新的なヒトの慢性疼痛治療に発展する可能性がありますが、成功例はマウスやラットなどのげっ歯類に限られ、ヒトを含めた霊長類では報告されていませんでした。
本研究では、同様な遺伝子導入方法を用いて、霊長類(マーモセット)においても侵害受容神経に特化した遺伝子導入が可能なことを世界で初めて証明しました。
本研究の成果は、神経障害性疼痛に悩むヒトの患者に対する、アデノ随伴ウィルスベクターを用いた新規の遺伝子治療法に発展することが期待されます。
本研究成果は、2021年8月8日に、国際学術誌「Molecular Therapy - Methods & Clinical Development」のオンライン版に掲載されました。
【DOI】https://doi.org/10.1016/j.omtm.2021.07.009
【KURENAIアクセスURL】http://hdl.handle.net/2433/265083
Moeko Kudo, Sidikejiang Wupuer, Maki Fujiwara, Yuko Saito, Shinji Kubota, Ken-ichi Inoue, Masahiko Takada, Kazuhiko Seki (2021). Specific gene expression in unmyelinated dorsal root ganglion neurons in nonhuman primates by intra-nerve injection of AAV 6 vector. Molecular Therapy - Methods & Clinical Development, 23, 11-22.