松浦健二 農学研究科教授、柳原早希 同修士課程学生、三高雄希 同特定研究員らの研究グループは、シロアリの社会における個体の年齢と役割分業の関係を分析し、高齢の兵隊アリが死亡リスクの高い最前線で天敵と戦う役割を担い、若い兵隊アリは死亡リスクの低い巣の中心部で王や女王の近衛兵としての役割を担っていることを明らかにしました。今回の研究成果は、余命の短い個体が死亡リスクの高い仕事を引き受けることによって巣全体として機会損失を最小化し、防衛力を効率的に維持していることを示しており、昆虫の社会における高度な分業システムの実態や、その進化を理解する上で重要な意味をもちます。
本研究成果は、2018年3月7日に英国の科学雑誌「Biology Letters」にてオンライン掲載されました。
研究者からのコメント
誰かの犠牲がなければ社会全体が大きな損害を被るような場合、誰がその犠牲を引き受けるべきか。この難しい問題に直面するのは人間社会だけではありません。若い個体が死亡リスクの高い仕事を引き受けて死んでしまった場合、「もし生きていれば出来たであろう仕事」を大きく失うことになります。逆に、もうすぐ寿命を迎える老齢の個体が高いリスクの仕事で死亡したとしても、失われる機会損失はより少なくて済みます。このように余命の短い個体が高いリスクを引き受けて全体の機会損失を最小化する原理が、シロアリの兵隊アリの分業にはっきりと見られました。重要なポイントは、老兵も新兵と同じ高いレベルの防衛能力をもっていることです。老いてもしっかり戦える老兵が先頭に立ち、若手を退けてリスクの高い仕事を引き受けるシロアリの社会。まるで映画アルマゲドンのワンシーンのようですが、2億年という進化の歴史の中でコロニー全体の生産性に対して淘汰がかかり続けているシロアリ社会の話です。昆虫の社会では、年を取ったらゆっくり隠居生活というわけにはいかないようです。
概要
アリ・ハチの仲間では、個体の年齢によって仕事の内容が変わる「齢分業」が良く知られています。齢分業が進化する背景には、齢によって「それぞれの仕事をこなす能力」が異なるからという理由と、「余命の短い個体がリスクを負った方が、機会損失が小さい」という理由が考えられてきました。しかし、アリ・ハチのワーカーは、一生のうちに育児から採餌までさまざまな仕事に従事するので、前者と後者の原理を分離して評価することはできません。では、仕事の能力が同じ場合、余命の短い方がよりリスクの高い仕事を引き受けるのでしょうか?
この余命に基づく分業の実態を調べる上で好適な材料が、シロアリの兵隊です。ヤマトシロアリでは、初夏にワーカーの一部が脱皮をして巣の防衛に特化した兵隊になります。兵隊になってから約5年の寿命をもつと考えられています。分化したばかりの新兵が最前線で戦って死亡した場合、その個体が生きていればあと5年出来ていたはずの防衛機会を失います。しかし、5年目の老兵が戦いで死亡しても、近々寿命を迎える運命だったので機会損失はわずかです。余命によってリスクの取り方が異なるのであれば、老兵と新兵で配置や防衛行動が異なることが予測されます。
そこで本研究グループは年齢の異なる兵隊を用意して、老兵と新兵で天敵に対する防衛行動や巣内での配置が異なるのか、実験的に検証しました。その結果、老兵と新兵で防衛能力自体は変わらないものの、老兵が最前線に出て天敵と戦い、新兵は天敵と直接戦うことがめったにない王室で近衛兵としての役割を担っていることが分かりました。つまり、仕事をこなす能力の違いではなく、余命の短い個体が高いリスクを取るという機会損失の最小化の原理によって、兵隊内での齢分業が行われていることが示されました。
図:新兵と老兵の防衛行動の比較
写真の矢印は兵隊を示す。入り口を塞いでいるのが老兵(右側矢印)、部屋の中にいるのが新兵(左側矢印)
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1098/rsbl.2018.0025
Saki Yanagihara, Wataru Suehiro, Yuki Mitaka, Kenji Matsuura (2018). Age-based soldier polyethism: old termite soldiers take more risks than young soldiers. Biology Letters, 14(3), 20180025.