ダウン症の出生前治療を可能にする新規化合物 -ダウン症iPS神経幹細胞の増殖を促進-

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公開日

※論文の掲載日を記載しました。(2017年9月6日)

小林亜希子 医学研究科助教、萩原正敏 同教授らの研究グループは、ダウン症(21トリソミー)で神経細胞数の増加を抑えている遺伝子を特定し、その機能を妨げることで神経細胞を正常に増やすことができる化合物アルジャーノンを発見しました。また、ダウン症のモデルマウスがまだ胎仔の時期に母マウスを通してアルジャーノンを投与したところ、大脳皮質の変化や学習行動の低下といった症状が改善しました。

本研究成果は、2017年9月5日に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されました。

研究者からのコメント

左から、萩原教授、小林助教

今回発見した化合物アルジャーノンは神経幹細胞の増殖を促進します。神経幹細胞は発生期だけでなく成体(大人)にも存在することから、今後は神経新生が関与していることが示唆されている学習・認知分野(アルツハイマー病など)やうつ症状、神経細胞が脱落する神経変性疾患(パーキンソン病、ハンチントン病など)、脊椎損傷など、他の疾患への適用が期待されます。

概要

ダウン症は約1,000人に1人の確率で発生し、最も多い染色体異常と言われています。知的障害や先天性心疾患など様々な合併症を伴います。ダウン症は体細胞の21番染色体が1本多く計3本あることで、過剰な遺伝子の働きにより引き起こされます。

DYRK1A(Dual-specifity tyrosine phosphorylation-regulated kinase 1A)は21番染色体上に存在する遺伝子の一つで、ダウン症の人で過剰に発現していることが分かっています。また、ダウン症モデルマウスやダウン症iPS細胞では神経幹細胞があまり増えず、神経幹細胞により供給される神経細胞数の低下が脳構造の発達不全の原因の一つであると考えられます。現在はダウン症の出生前診断も可能となっていますが、根本的な治療法はまだないのが現状です。

本研究グループは、ダウン症で低下している神経幹細胞の増殖を促進する化合物を探索し、候補化合物アルジャーノン(ALGERNON:altered generation of neuron)を取得しました。アルジャーノンはDYRK1Aの働きを抑制する活性をもち、ダウン症iPS細胞に加えると神経幹細胞が正常に増えるようになりました。またアルジャーノンをマウスに投与すると、神経幹細胞の増殖を促すことが確認されました。妊娠マウスにアルジャーノンを投与したところ、ダウン症マウス仔の大脳皮質の形成異常および低下した学習行動が改善されました。このことは、胎児期にアルジャーノンを投薬して神経幹細胞の増殖を促すことにより、神経幹細胞の増殖低下により引き起こされる脳構造の異常を改善できる可能性を提示しています。

図:妊娠マウスにアルジャーノンを投与したところ、ダウン症マウス仔の大脳皮質の形成異常(A)および低下した学習行動(B)が改善された。

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1073/pnas.1704143114

Akiko Nakano-Kobayashi, Tomonari Awaya, Isao Kii, Yuto Sumida, Yukiko Okuno, Suguru Yoshida, Tomoe Sumida, Haruhisa Inoue, Takamitsu Hosoya and Masatoshi Hagiwara (2017). Prenatal neurogenesis induction therapy normalizes brain structure and function in Down syndrome mice. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 114(38), 10268–10273.

  • 朝日新聞(9月5日 3面)、京都新聞(9月5日 25面)、産経新聞(9月5日 1面・26面)、中日新聞(9月5日夕刊 12面)、日刊工業新聞(9月5日 21面)、毎日新聞(9月5日 1面)および読売新聞(9月5日 30面)に掲載されました。