楠見孝 教育学研究科教授、平山るみ 大阪音楽大学短期大学部准教授、嘉志摩佳久 メルボルン大学教授らの研究グループは、福島県・宮城県と首都圏の市民を対象とした福島第一原子力発電所事故による放射線に関わるリスク認知と、コミュニケーションに関する調査を行いました。その結果、リスクリテラシー(批判的に思考する態度、科学的方法論や放射線リスクに関する知識、メディアを読み解く力)が高い市民ほど、安全と危険の両方の情報を与えられても当初から持っているリスクに対する意見は変わりにくいことが分かりました。さらに、リスクリテラシーが高いほど、情報提供によって、リスクの認知や身近な人との会話において放射線リスクが高いとする自分の意見が固定化される傾向がありました。
本研究成果は、2017年6月5日に国際リスク分析学会の学会誌「Risk Analysis」オンライン版に掲載されました。
研究者からのコメント
福島第一原子力発電所事故による放射線に関わるリスクについて、人がどのように認知し人と会話をするか、そこに人の持つリスクリテラシーがどのように影響するのかは、十分明らかにされていませんでした。
本研究は、心理学の観点から、被災地と首都圏の1,800人の市民に対する大規模調査に基づいて、リスク認知とコミュニケーションに一人一人の違い(リスクリテラシーやリスク認知の程度、そして周りの人がどのようにリスクを認知していると考えているか)がどのように影響しているかを捉えようとしたものです。
本研究成果は、原発事故のようなリスクに対する社会の反応を解明するための手がかりになります。すなわち、放射線リスクについては、市民のリスクリテラシーや事前のリスク認知が高い場合は、安全と危険の両方の情報が提示されても、その後のリスクの認知や会話においてリスクがあるという認知が強まる傾向がありました。このことは、放射線リスクをよく知る市民が、安全情報を受け取っても安心できない現象を示した研究と考えます。
概要
リスクを認知し人と会話することは、リスクに対する社会の反応において重要な役割をもっています。リスクを認知し、人と会話することによってリスク情報は人の社会的ネットワークを通して広がり、リスク情報環境が作られます。
本研究グループは、福島第一原子力発電所事故による放射線リスクについての市民のリスク認知と会話を検討しました。そこで、リスクリテラシーとリスク情報環境(周りの人がどのようにリスクを認知していると考えているか)が相互に作用して、情報を受け取った後のリスク認知とリスクについての会話に影響すると仮定し、被災県586人(福島・宮城)、首都圏1,214人(東京・千葉・埼玉)の24歳から60歳(平均43.4歳)の計1,800(男922、女878)人の子どもをもつ既婚者に対して、事故3年後の2014年3月に、オンライン調査を実施しました。
その結果、事前のリスク認知の高さとメディアリテラシーの高さは双方共に、情報提示後のリスクの認知や会話において放射線リスクが高いという自分の意見を固定化する傾向があることが分かりました。また、批判的思考態度や一般的科学リテラシー、放射線についての科学リテラシーが高い場合でも同様の結果が見られました。なお、リスク情報の提示法や居住地による大きな差はみられませんでした。さらに、「世の中の人々の多くが危険があると考えている」と捉えている人ほど、リスクの認知と会話がリスクが高いとする方向に向かうことが明らかになりました。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/
Takashi Kusumi, Rumi Hirayama, Yoshihisa Kashima (2017). Risk perception and Risk Talk: The Case of the Fukushima Daiichi Nuclear Radiation Risk. Risk Analysis, 37(12), 2305-2320.