岩田想 医学研究科教授、桝田哲哉 農学研究科助教、菅原道泰 理化学研究所特別研究員、鈴木守 大阪大学准教授、登野健介 高輝度光科学研究センターチームリーダーらの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」のX線レーザーを用いた「連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)」(多数の微結晶を含む液体などを噴射装置から噴出しながら、X線レーザーを照射し結晶の構造を解析する手法)において、タンパク質結晶輸送媒体として「ヒドロキシエチルセルロース」を用いると、コストを抑えつつ、結晶を安定供給し、測定ノイズも低減できることを発見しました。
本研究成果は、英国の学術誌「Scientific Reports」(2017年4月6日号)に掲載されました。
研究者からのコメント
SFXでの解析では、安定に結晶を流すことが重要です。今回発見した、低ノイズ・低粘着性・低コストのヒドロキシエチルセルロースを利用することで、創薬ターゲットを含む多様なタンパク質の高分解能結晶構造解析が可能になると期待できます。
概要
SFXには、試料に放射線損傷を与えず、従来の低温条件下(100K、-173度)で行う実験とは異なり、生理条件(生体内)に近い温度でのタンパク質の立体構造(結晶構造)を決定できるという特性があります。しかし、10mgから100mgという大量のタンパク質から得た結晶を必要とするという課題がありました。そこで、本研究グループは2014年に、少量のタンパク質結晶を高粘度物質のグリースに混ぜてインジェクター(噴出装置)からゆっくりと押し出し、タンパク質結晶のX線回折を行うことができる「グリースマトリックス法」を開発しました。グリースマトリックス法では、従来の液状試料をインジェクターから噴出する「液体ジェット法」と比べ、構造解析に必要なタンパク質結晶の量を10分の1から100分の1(使用するタンパク質は1mg以下)に軽減できました。しかし、グリースに由来する散乱バックグランドノイズは無視できないため、より低ノイズのヒアルロン酸をSFXに導入しましたが、その高い粘着力ゆえに安定に結晶を流すことが難しく、また非常に高価であることも問題でした。
そこで今回、本研究グループは、タンパク質結晶輸送媒体として、ヒアルロン酸とよく似た高粘度で水溶性のハイドロゲルであるヒドロキシエチルセルロースを利用することで、ノイズ・粘着性・コストの問題を解決しました。SACLA BL3で、ヒドロキシエチルセルロース水溶液にタンパク質結晶を混ぜた試料を用いて、測定波長1.24もしくは0.95オングストローム(1オングストロームは100億分の1メートル)でSFXを行ったところ、それぞれ回折分解能1.8、1.45、および1.55オングストロームの回折データセットを収集できました。約1時間の測定時間で、構造解析に利用可能な30,000枚から40,000枚の回折イメージを収集でき、これらのタンパク質結晶構造の決定に成功しました。
結晶輸送媒体として、高粘度のヒドロキシエチルセルロースを用いて、結晶サイズ1μmのリゾチームから1.8オングストローム分解能で結晶構造決定に成功した。図中のピンク色のメッシュは電子密度、メッシュ内スティックモデルの黄色は硫黄原子、青色は窒素原子、赤色は酸素原子、灰色は炭素原子を示す。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41598-017-00761-0
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/220412
Michihiro Sugahara, Takanori Nakane, Tetsuya Masuda, Mamoru Suzuki, Shigeyuki Inoue, Changyong Song, Rie Tanaka, Toru Nakatsu, Eiichi Mizohata, Fumiaki Yumoto, Kensuke Tono, Yasumasa Joti, Takashi Kameshima, Takaki Hatsui, Makina Yabashi, Osamu Nureki, Keiji Numata, Eriko Nango & So Iwata (2017). Hydroxyethyl cellulose matrix applied to serial crystallography. Scientific Reports, 7, 703.
- 科学新聞(4月21日 4面)に掲載されました。