新粒子候補テトラクォークZc(3900)の正体 -大規模数値シミュレーションで解明-

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青木慎也 基礎物理学研究所教授、池田陽一 理化学研究所客員研究員、土井琢身 同専任研究員、初田哲男 同主任研究員らの研究グループは、スーパーコンピュータを用いた大規模数値シミュレーションにより、物質を構成する最も基本的な素粒子である「クォーク」4個から成る新粒子と考えられていた「 Zc (3900)」が、クォークの組み替えにより引き起こされる現象、すなわち「しきい値効果」であり、新粒子とは呼べないことを明らかにしました。

本研究成果は、2016年12月9日付けで米国物理学会の学術誌「Physical Review Letters」に掲載されました。

研究者からのコメント

2006年頃から我々が開発を進めている「格子QCDによる核力ポテンシャルの計算法」(HALQCD法)が、10年を経てようやく実験結果の解析や解釈に使えるまでに成熟してきたことには感慨が深いです。今回の研究成果はZc(3900)という特定の新粒子候補に対する解析ですが、この方法は他の新粒子候補にも適用出来る一般的なものなので、今後はさらに計算方法に改善を加えるとともに、いろいろな新奇な粒子候補の性質の解明をすすめていきたいと考えています。

1974年にウィルソンにより格子QCDが提案されて40年以上がたって、ようやく格子QCDを用いてハドロンを理解する時代がやってきました。実験で未発見の新粒子を格子QCDの予言も目指していきたいです。

概要

クォークは、物質の基本構成要素となる素粒子です。これまで、クォークが2個でできた中間子や、3個でできたバリオンが実験で観測されています。また、近年の加速器実験では、クォーク4個でできたテトラクォークや5個でできたペンタクォークといった新しいクォーク多体系の候補が発見されています。中でも Zc (3900)は、クォーク4個からなる新粒子として、国内外の実験施設で相次いで報告されているテトラクォークの代表格です。このテトラクォークは、最終的に2個の中間子(中間子ペア)に崩壊して観測されます。

本研究グループは、この Zc (3900)の正体を明らかにするために、クォークの基礎理論である「量子色力学」に基づいて、4個のクォークがどのように構成されるかについて、大規模数値シミュレーションを行いました。さらに、シミュレーションで得られた中間子ペアの間の相互作用を用いて、「散乱理論(光や電子などの粒子を物質に照射し、粒子が散乱する現象を理論的に解析する方法)」による計算を実行しました。

その結果、 Zc (3900)は新粒子ではなく、崩壊先の中間子ペアが互いに入れ替わること(遷移)によるしきい値効果であることが明らかになりました。本研究により、量子色力学に基づいた数値シミュレーションを行うことで、3個より多いクォークからなる新奇なクォーク多体系の性質を解明する理論的道筋がつきました。これにより、素粒子物理学・原子核物理学の理論研究が大きく進展すると期待できます。

図:ハドロンの間に働く力と結合を大規模数値シミュレーションから導出する方法

格子量子色力学を用いた大規模数値シミュレーションにより、4個のクォークの離合集散を測定することで、π中間子(アップと反ダウン)とJ/ψ中間子(チャームと反チャーム)間に働く力、反D中間子(アップと反チャーム)とD * 中間子(チャームと反ダウン)の間に働く力、およびこれらの中間子ペア間の結合を計算する。

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevLett.117.242001

Yoichi Ikeda, Sinya Aoki, Takumi Doi, Shinya Gongyo, Tetsuo Hatsuda, Takashi Inoue, Takumi Iritani, Noriyoshi Ishii, Keiko Murano and Kenji Sasaki. (2016). Fate of the Tetraquark Candidate Zc(3900) from Lattice QCD. Physical Review Letters, 117(24):242001.