今村恵子 iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)特定拠点助教、井上治久 同教授らの研究グループは、前頭側頭葉変性症患者由来の疾患特異的iPS細胞とゲノム編集技術を用いることで、神経変性疾患(脳や脊髄といった中枢神経にある特定の神経細胞が徐々に障害を受けて死んでしまう疾患)の一つである前頭側頭葉変性症の病態を細胞レベルで再現することに成功し、前頭側頭葉変性症のメカニズムの一端を明らかにしました。
本研究成果は、2016年10月11日に英国の科学誌「Scientific Reports」でオンライン公開されました。
研究者からのコメント
本研究で、iPS細胞とゲノム編集技術を用いることにより、これまで分からなかった、タウ遺伝子の変異が原因の前頭側頭葉変性症の機序を明らかにすることができました。
今回の知見を、さらなる機序の解明と創薬につなげたいと考えています。また、今後、他の原因による前頭側頭葉変性症や、タウタンパク質が関わるさまざまな神経変性疾患についても、その理解や治療につながる研究が期待されます。
本研究成果のポイント
- 前頭側頭葉変性症は、その一部はタウ遺伝子変異により起こる家族性の神経変性疾患で、そのメカニズムは詳しく知られていない。
- 患者さん由来神経細胞では、異常に折りたたまれたタウタンパク質が蓄積している。
- カルシウムイオンの神経細胞内への流入が前頭側頭葉変性症の神経変性に関与する。
- Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drugs (DREADD) を患者さん由来iPS細胞に導入することによりデザイナーiPS細胞を作製し、神経変性のメカニズムの一端を解明した。
概要
前頭側頭葉変性症の一部は、タウタンパク質を作るタウ遺伝子の変異により生じる家族性疾患(FTLD-Tau)です。脳の前頭葉と側頭葉の神経が変性することにより萎縮し、認知症やパーキンソニズム(手足の震え、筋肉のこわばり、動作緩慢、歩行障害などの症状)を呈します。これまでiPS細胞を用いて、FTLD-Tauを含む神経変性疾患の病態が調べられてきましたが、FTLD-Tauのメカニズムについて、詳細はまだ明らかになっていませんでした。
そこで本研究グループは、二人の前頭側頭葉変性症患者さんから作製したiPS細胞、遺伝子変異をゲノム編集技術で修復したiPS細胞と健常者から作製したiPS細胞(対照群)に、Neurogenin2という転写因子を加えて大脳皮質神経細胞へと分化させました。
その結果、前頭側頭葉変性症患者さん由来神経細胞では、異常に折りたたまれたタウタンパク質が蓄積していることが分かりました。また、神経活動を人工的に調節できるDREADDというシステムを利用して、神経細胞間での情報伝達に重要な役割を果たすカルシウムイオンの細胞内への異常な流入が、異常に折りたたまれたタウタンパク質の蓄積や神経細胞の変性に関与するというメカニズムを明らかにしました。
図:患者さん由来神経細胞内に蓄積した異常に折りたたまれたタウタンパク質
赤色:異常に折りたたまれたタウタンパク質、緑色:微小管、青色:核(スケールバー:10μm)
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/srep34904
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/217029
Keiko Imamura, Naruhiko Sahara, Nicholas M. Kanaan, Kayoko Tsukita, Takayuki Kondo, Yumiko Kutoku, Yutaka Ohsawa, Yoshihide Sunada, Koichi Kawakami, Akitsu Hotta, Satoshi Yawata, Dai Watanabe, Masato Hasegawa, John Q. Trojanowski, Virginia M.-Y. Lee, Tetsuya Suhara, Makoto Higuchi & Haruhisa Inoue. (2016). Calcium dysregulation contributes to neurodegeneration in FTLD patient iPSC-derived neurons. Scientific Reports, 6:34904.
- 京都新聞(10月11日夕刊 10面)、産経新聞(10月11日夕刊 10面)、日本経済新聞(10月12日 42面)、毎日新聞(10月11日 9面)および読売新聞(10月15日夕刊 10面)に掲載されました。