福澤秀哉 生命科学研究科教授、梶川昌孝 同助教、伊福健太郎 同助教らの研究グループは、小川順 農学研究科教授、岸野重信 同助教、安藤晃規 同助教らと共同で、牡蠣やウニの養殖で餌として利用されている植物プランクトンのツノケイソウを用いて、ヒマシ油の主な成分であるリシノール酸の生産に成功しました。
本研究成果は、2016年11月10日に英国の学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
研究者からのコメント
植物プランクトンである微細藻類は、光合成によって二酸化炭素を固定して生育する生物です。養殖業では珪藻が利用されていますが、もともと細胞が持っていなかった有用物質を作らせることは困難でした。牡蠣などの養殖で利用される実用珪藻のツノケイソウで、医薬品や化成品原料となるリシノール酸の生産が今回成功したことで、微細藻類を用いた有用物質の生産が今後期待されます。
本研究成果のポイント
- ツノケイソウが水産試験場などで大量培養の実績があり活発な脂質生成経路を持つことから、高付加価値脂質の生産の場として着目した。
- 本研究では、リシノール酸の生合成酵素遺伝子を真菌の一種「麦角菌」から単離し、矩形波パルスを用いたエレクトロポレーション法(特許取得済)によりツノケイソウに導入して、リシノール酸生産株を確立した。光合成で増殖する植物プランクトンには元々存在しない有用脂肪酸を生産することに世界で初めて成功した。
- 脂肪酸鎖長延長酵素を強化することで、リシノール酸の生産量をさらに向上することに成功した。
- 水酸基が露出するリシノール酸が培養液に存在すると、酵母を含む多くの微生物の増殖が阻害されることから、リシノール酸生産の障害となっていた。これに対してツノケイソウは、リシノール酸の水酸基に脂肪酸を新たに結合することで水酸基を無くし、新しくエストライド構造をもつ油脂(エストライドTAG)を蓄積しつつ増殖した。エストライドTAGは、容易にリシノール酸に再変換でき、それ自体に薬理活性が期待されることから、ツノケイソウはリシノール酸だけでなくエストライドTAGの供給源としても活用できる可能性がある。
- 細胞の増殖は25度が適していたが、リシノール酸生産には15度以下での培養が適していたことから、気温の低い地方での培養に利点がある。
概要
藻類を供給源としたバイオ燃料生産については社会的な要求もあり、高脂質・高炭化水素蓄積性の藻類の探索や、モデル藻類を用いた油脂蓄積機構の研究が国内外において取り組まれています。しかし、現段階では燃料として生産させるよりも、付加価値の高い有用物質の生産が現実的だと考えられています。
本研究グループは、機能性プラスチックや工業製品の原料として利用可能な水酸化脂肪酸のリシノール酸に着目しました。現在、リシノール酸はトウゴマの種子油から精製されていますが、トウゴマの種子は毒性物質をもつなど問題点が多く、他生物での生産が求められます。そこで、水産業で商業的に利用され高油脂蓄積能を持つ珪藻ツノケイソウでの代謝工学的手法を用いた生産を試みました。
その結果、リシノール酸の生成に成功し、藻類がトウゴマに代わるリシノール酸の代替供給源となる可能性を示しました。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/srep36809
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/217256
Masataka Kajikawa, Tatsuki Abe, Kentaro Ifuku, Ken-ichi Furutani, Dongyi Yan, Tomoyo Okuda, Akinori Ando, Shigenobu Kishino, Jun Ogawa & Hideya Fukuzawa. (2016). Production of ricinoleic acid-containing monoestolide triacylglycerides in an oleaginous diatom, Chaetoceros gracilis. Scientific Reports, 6: 36809.
- 日刊工業新聞(11月22日 23面)、化学工業日報(11月18日)に掲載されました。