齋藤潤 iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)准教授、太田諒 同博士課程学生、丹羽明 同特定拠点助教、中畑龍俊 同教授、関口清俊 大阪大学教授らの研究グループは、細胞外マトリックス(細胞間の隙間を埋める生体高分子の集合体)の一つラミニン411(LM411)の組換えタンパク質断片(LM411-E8)を用いることにより、ヒト多能性幹細胞から正常機能を有する血管内皮細胞を高効率に分化誘導する手法の開発に成功しました。
本研究成果は2016年10月31日午後7時に英国の科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
研究者からのコメント
本研究が血管内皮細胞分化をモデルに示したように、今後あらゆる組織における細胞外マトリックスの新たな作用機序解明にiPS細胞は役立つと考えられます。さらに、そうした研究の成果が再びiPS細胞を用いた再生医療の開発に還元できると期待されます。
本研究成果のポイント
- 細胞外マトリックスの一つラミニン411(LM411)の組換えタンパク質断片(LM411-E8)を用い、ヒトiPS細胞から血管内皮細胞への高効率な分化誘導法を開発した。
- iPS細胞が中胚葉前駆細胞を経て血管内皮へと分化する際、LM411-E8との接着を介したシグナルが細胞の運命決定と増殖に重要な役割を果たすことを明らかにした。
- LM411-E8と低分子化合物を組み合わせることにより、フィーダー細胞フリーで動物由来成分を含まない条件で、iPS細胞から血管内皮細胞を高効率に分化誘導する方法を確立した。
- この方法で分化誘導した血管内皮細胞は、試験管内のみならず生体内でも血管様構造の形成が可能であり、マウス由来の血液が環流していた。
概要
ヒトの身体はおよそ200種類、37兆個以上もの細胞から構成され、個々の細胞は寄り集まって組織や器官を形成しています。多くの細胞は、タンパク質や糖からなる細胞外マトリックスとよばれる巨大分子のベッドに、あるときは密に整然と、あるときはまばらに埋もれるようにして存在しています。
コラーゲンを始めとする一部の細胞外マトリックスは、細胞培養において細胞の生存率や増殖率を上げる細胞の足場として利用され、細胞の種類により適した細胞外マトリックスの種類があることが知られていました。しかし、細胞外マトリックスを単なる足場としてだけでなく、細胞分化における運命決定の制御因子として着目した研究はほとんどありませんでした。
血管の内側は血管内皮細胞の層で覆われており、血液の凝固を防いだり、血中のコレステロールを取り込んだりして、血液がスムーズに流れるための役割を担っています。血管内皮細胞は常に新陳代謝されており、その管腔構造を保つため、細胞外マトリックスが重要な役割を果たすと考えられています。
本研究グループによる基礎検討で、細胞外マトリックスの一つLM411が血管に沿って管腔状に存在する知見を得ていました。そこで、ヒト多能性幹細胞から血管内皮細胞への分化過程において、LM411が与える影響を詳細に解析しました。
その結果、LM411およびLM411-E8断片はiPS細胞から血管内皮細胞への分化を支持することが分かりました。またLM411-E8は、血管内皮細胞への分化増殖を修飾・賦活する因子としての作用を持つことも明らかになりました。そしてLM411-E8と別種のラミニン組換えタンパク質LM511-E8上に播種した多能性幹細胞を、サイトカインとGSK3阻害剤の併用によって中胚葉前駆細胞へ高効率に誘導し、LM411-E8に蒔き直して血管内皮細胞を誘導する変法を開発しました。
図:LM411-E8断片は血管内皮細胞への分化を促進する
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/srep35680
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/217247
Ryo Ohta, Akira Niwa, Yukimasa Taniguchi, Naoya M. Suzuki, Junko Toga, Emiko Yagi, Norikazu Saiki, Yoko Nishinaka-Arai, Chihiro Okada, Akira Watanabe, Tatsutoshi Nakahata, Kiyotoshi Sekiguchi & Megumu K. Saito. (2016). Laminin-guided highly efficient endothelial commitment from human pluripotent stem cells. Scientific Reports, 6: 35680.