湯本貴和 霊長類研究所教授、陀安一郎 生態学研究センター 連携教授らの研究グループ は、総合地球環境学研究所、ふじのくに地球環境史ミュージアム、広島大学、岡山大学、北里大学、および東京大学と共同で、1305人の現代日本人の髪の毛を対象に、安定同位体分析を用いた食性解析を行い、日本人の食性の地域差を調べ、日本人の食生活が均質化していることを明らかにしました。
本研究成果は、英国科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」誌の電子版に2016年9月12日付けで掲載されました。
研究者からのコメント
私たちの研究は現代日本人の食性が均質化していることを示しました。それでは、歴史的にいつごろから均質化していったのでしょうか。20世紀の人の髪の毛や骨の試料を入手することができれば、同位体分析により調べることが出来るかもしれません。もっとさかのぼって、縄文時代には北海道や本州、沖縄の人々がそれぞれの地域に特徴的な食生活をしていたことは明らかとなっています。それでは、弥生時代やその後の歴史時代にはどうだったのか、同位体比から日本人の食生活を歴史的に調べることも次の重要な課題です。また、本研究成果は、個人レベルで私たちの食生活について見直すきっかけを与えてくれます。これから私たちの食生活はどのようにあるべきなのでしょうか。安定同位体比というツールを用いて私たちと自然のつながりを明らかにしつつ、皆さんとともに考えていきたいと思います。
概要
ヒトは世界中に拡散し、その地域固有の食文化を発展させてきましたが、食物の生産や分配のグローバル化によって、地球規模に食性パターンが均質化していく可能性があります。西洋においては、肉のタンパク質や脂質の摂取量が高く、炭水化物を多量に消費しています。アジア諸国においても都市化やライフスタイルの西洋化とともに、食生活も西洋化する傾向にあります。グローカライゼーションという言葉にみられるように、グローバル化した企業による食品生産が、各地域で生産された家畜・農産物を用いてなされることもあります。国境を越える食のグローバル化は人類の食生態を複雑に変化させつつあります。
日本においても食物のグローバル化は進みつつあります。海外から輸入した食品は増加し、食物自給率は低下の一歩をたどっています。日本の食生活は戦後に急速に変化し、牛乳や肉、卵などの消費が増え、料理も西洋化していきました。一方で、和食はユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、栄養バランスの優れた点からも見直されつつあります。それでは日本の地域ごとに伝統的な食生活が保持されているのでしょうか、それとも似たような食生活をしているのでしょうか。
そこで本研究グループは、髪の毛の炭素・窒素同位体比から、現代の日本人の食生活の均質化を評価することを目的とし、食物の流通や消費のグローバル化に伴って均質化していったと考えられる日本人の食性について、都道府県ごとに違いがあるのか否か検証しました。また、性別によって、食性にどのような変動があるのか検討しました。さらに、他国の人々の髪の毛の同位体比と比較することで、現代日本人の食性を特徴づけることとしました。
都道府県ごとに同位体比を比較するとその違いはとても小さいことが分かりました。これは、同位体比の大きな地域差が確認されている縄文時代の食性とは大きく異なる結果でした。また性別で比較すると女性のほうが全体的に植物を摂取する割合が高いことが示唆されました。さらに、1980年代の日本人の食性と比較すると、窒素同位体比が低く、海産物に依存する割合が減少していることが示唆されました。現代日本人の髪の毛の同位体比の変動は、アメリカやヨーロッパと同程度であり、アジアの国々に比べると小さいことが明らかとなりました。
日本人の髪の毛の炭素・窒素同位体比と、食品の同位体比
食物と髪の毛の間に生じる同位体比の濃縮係数を補正しているため、髪の毛の値が食品に近いと、その食品をより摂取していると解釈できる。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/srep33122
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/216618
Soichiro Kusaka, Eriko Ishimaru, Fujio Hyodo, Takashi Gakuhari, Minoru Yoneda, Takakazu Yumoto & Ichiro Tayasu. (2016). Homogeneous diet of contemporary Japanese inferred from stable isotope ratios of hair. Scientific Reports, 6: 33122.