松浦健二 農学研究科教授と矢代敏久 同特定研究員は、昆虫のメスが卵の表面にある卵門(卵の表面にある精子が通るための孔)を閉じることによって、有性生殖から単為生殖に繁殖様式を切り替える仕組みを発見しました。今回発見された単為生殖へのスイッチの仕組みは、メスがオスからの干渉を受けることなく単為生殖を行うことができることを意味しており、昆虫の単為生殖の新しい進化経路を示すものです。
本研究成果は、米国科学誌「Proceeding of the National Academy of Sciences USA (PNAS)」のオンライン速報版に掲載されました。
研究者からのコメント
昆虫生態学研究室(通称、京大昆虫研)は、日本で初めて昆虫の生態を専門に研究する研究室として今から90年前に創設されました。以来、昆虫の数は何で決まるのか、なぜ群れるのか、なぜ外来種がはびこるのか、なぜ社会性が進化したのか、なぜ性が維持されるのか、など昆虫を研究材料として科学の本質的な問いに挑戦し続けています。
今回、昆虫の有性生殖から単為生殖への切り替えの仕組みとして、シロアリの女王が卵門の無い卵を産んで単為生殖を行っているという、全く新しい現象を発見しました。これは、オスからの干渉を受けずにメスが単為生殖を行うことが、さまざまな昆虫においても原理的に可能であり、単為生殖の進化プロセスを理解する上で新たな視点を提供するものです。単為生殖は昆虫において普遍的現象であり、深刻な害虫化の要因の一つでもあります。長期的視野で人と昆虫がうまく付き合っていくためには、生物としての昆虫の理解が深まることが重要であり、その礎となるような研究を積み重ねていきたいと思います。
概要
地球上の多くの動物は卵と精子を授精させて次世代を作り出す有性生殖によって繁殖しています。しかし、有性生殖は卵を産まないオスを作らなければならない分だけ、メスだけで繁殖する単為生殖よりも増殖効率の悪い繁殖様式です。また、メスにとっては自分の遺伝子だけで子を作る単為生殖の方が、次世代に自分の遺伝子を伝える上でも効率的です。それなのになぜ有性生殖が一般的に行われているのかは、進化生物学の最大の謎の一つとされています。
有性生殖から単為生殖への進化が起こりにくい要因の一つとして、オスによる強制授精の影響が考えられています。有性生殖を行っている動物では、メスにとって単為生殖が好ましい状況であっても、オスに交尾されると授精して有性生殖の子が産まれるので、単為生殖できなくなるという仮説です。これまで二倍体の昆虫では、産卵する際に受精嚢の中の精子が自動的に送り出されて卵が受精するので、メスによる受精の制御はできないと考えられてきました。
今回、本研究チームは、女王が有性生殖と単為生殖の両方を使い分けているシロアリを用いて繁殖様式のスイッチの仕組みを調べることで、二倍体の昆虫のメスが受精を制御できることを初めて明らかにしました。
昆虫の卵の表面には、卵門と呼ばれる精子を通すための孔が開いています。ヤマトシロアリの卵の表面には平均9個の孔が開いていますが、大量の卵の卵門を調べたところ(60の巣から100個ずつ計6,000個の卵)、卵門の数にはばらつきがあり、一部の卵には卵門が全くないことが判明しました。卵の中で発育中の胚の遺伝子解析を行ったところ、卵門の無い卵は単為生殖、卵門がある卵は有性生殖で発生していることが明らかになりました。さらに、卵門の数は女王の年齢によって異なり、女王が若いうちは卵門の多い卵を産み、老化とともに卵門の無い卵を産むようになることが分かりました。また、卵門数を季節的にも制御していることが明らかになりました。つまり、シロアリの女王は、通常は有性生殖によって働きアリや羽アリを生産しているが、老化して死ぬ前に卵門の無い卵を産むようになり、自分の後継女王を単為生殖で生産していることが判明しました。
図:ヤマトシロアリの卵門
シロアリの卵の表面には精子が入るための孔(卵門)が開いています(上図)。多くの卵の卵門を色素で染めて調べると、一部の卵には卵門がないことが分かりました(左下図)。右から卵門数9、4、2、0。
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1412481111
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/191191
Toshihisa Yashiro and Kenji Matsuura
"Termite queens close the sperm gates of eggs to switch from sexual to asexual reproduction"
PNAS published ahead of print November 17
掲載情報
- 京都新聞(11月18日 23面)、産経新聞(11月18日 30面)および科学新聞(12月12日 4面)に掲載されました。