山下潤 iPS細胞研究所(CiRA)教授、升本英利 米国ルイビル大学博士研究員( 元医学部附属病院特定助教、元CiRA研究員)、坂田隆造 医学部附属病院教授らの研究グループは、ヒトiPS細胞から分化誘導して得られた心臓を構成する種々の細胞群(血管を含む)を細胞シート状に形成することにより、心臓組織を模した構造である心臓組織シートを作製し、その心臓再生における有効性を示しました。
本研究内容は、2014年10月22日18時(日本時間)に英科学誌「Scientific Reports」で公開されました。
研究者からのコメント
今回、ヒトiPS細胞から心筋細胞および血管構成細胞(血管内皮細胞・血管壁細胞)を同時かつ効率的に分化誘導する方法を新たに開発し、それらを用いてヒトiPS細胞由来心臓組織シートを作製しました。心筋と血管構成細胞によるシートでは移植により血管新生の促進とシートの生着が認められたことから、ヒトiPS細胞由来心臓組織シートは、重症心筋症により障害された心不全に対する治療方法の一つとして、心臓再生医療の可能性に繋がる有用な成果と考えられます。
今後は、シートの多層化など、組織構造を改良し、シートの機能を高めることが期待されます。また、今回移植に用いたげっ歯類(ラット)とヒトでは心拍数も異なるため、ヒトの心拍数に近い大型の動物での検証や、腫瘍化を含む安全性の検証など、iPS細胞による再生医療に向けて研究を進めて行きます。
ポイント
- ヒトiPS細胞から心筋細胞および血管構成細胞(血管内皮細胞・血管壁細胞)を同時かつ効率的に分化誘導する方法を新たに開発した。
- 分化誘導された心臓を構成する細胞群を細胞シート状に形成することに成功した。
- ヒトiPS細胞由来心臓組織シートをラット心筋梗塞モデルに移植することにより、心機能の回復と心筋層の再生を認めた。
概要
現在、拡張型心筋症や虚血性心筋症などの、重度の心筋症の患者さんに対しては、心臓移植が最も有効かつ最終的な治療法とされていますが、ドナー不足は極めて深刻で、心臓移植以外の有効な治療法を確立することが求められています。
重症心筋症の患者さんの心臓では、拍動の源である心筋細胞が失われているだけでなく、心臓を構成している多様な細胞(血管を構成する細胞など)が失われることにより組織構造が壊れ、その結果として機能低下をきたすことから、細胞の移植効果をさらに高めるには、心筋細胞だけでなくその他の心臓を構成する細胞も十分に補い、心臓組織構造として再構築することが望ましいと考えられます。この点で、iPS細胞は、大量に増殖させた上で多様な心臓を構成する細胞群を効率的に分化誘導することで、十分量供給できる可能性があります。
ただ、心臓への細胞移植治療を困難にしている問題点は、心臓に直接注入移植あるいはカテーテルにより冠動脈内に注入移植された細胞が十分に生存して長期的に心筋内に留まる(生着)効率が低いという問題がありました。
そこで本研究グループは、より細胞の生存・生着を高めるような移植方法として温度感受性培養皿を用いた細胞シート技術(東京女子医科大学)に着目し、この細胞シート技術をヒトiPS細胞から分化誘導した心臓構成細胞に用いることにより、心臓組織を模した「心臓組織シート」を作製し、さらに、それを心疾患動物モデルに移植することで、治療効果および細胞生着効果を検証しました。
図:ヒトiPS細胞由来心臓組織シート
分化誘導した心臓構成細胞を温度感受性培養皿に播種・培養して4日後に自己拍動性心臓組織シートを得た。
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/srep06716
Hidetoshi Masumoto, Takeshi Ikuno, Masafumi Takeda, Hiroyuki Fukushima, Akira Marui, Shiori Katayama, Tatsuya Shimizu, Tadashi Ikeda, Teruo Okano, Ryuzo Sakata & Jun K. Yamashita
"Human iPS cell-engineered cardiac tissue sheets with cardiomyocytes and vascular cells for cardiac regeneration"
Scientific Reports 4, Article number: 6716 Published 22 October 2014
掲載情報
- 朝日新聞(10月23日 28面)、京都新聞(10月23日 1面)、産経新聞(10月23日 1面)、中日新聞(10月23日 1面)、日刊工業新聞(10月23日 19面)、日本経済新聞(10月23日 38面)、毎日新聞(10月23日 1面)および読売新聞(10月23日 30面)に掲載されました。