京都大学と熊本市の連携に関する協定調印式 挨拶 (2010年1月28日)

第25代総長 松本 紘

松本総長 熊本市と本学の連携調印にあたり、心からお喜び申し上げるとともに、一言ご挨拶を述べさせていただきます。

 京都大学の基本理念は、自由の学風を継承・発展させつつ、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献することにあります。そのために、自由闊達な対話を尊重し、自主自立の精神を育んでまいりました。大学の使命の一つは、高度な教養と知識を培い、その伝承を通して教養豊かで人間性が高く責任を重んじる人材を育成することです。また二つ目の使命は、高い倫理性を備えた新しい知見を創造し、学際的に深く真理を探究することにあります。つまり、最先端かつ独創的な学術研究は、多様な教育を実現し、世界的に卓越した人材育成を可能とするものです。事実、本学は数多くの優秀な研究者や教養人を排出し、本学出身の多くの方々が国際社会において目覚ましい活躍を果たしておられます。この教育と研究を通じた社会貢献こそが、大学の第三の使命であります。

 本学では2008年4月1日に「野生動物研究センター」を発足いたしました。同センターは、野生動物の保全研究に焦点を当て、京都大学の一つの特徴である「フィールドワークに根ざした知の学統」を受け継ぎ、さらに「最新のライフサイエンス技術」をも統合した新たな学問領域の創出を目指しております。これは、優秀な人材育成と高度な学術研究を通じて社会貢献に寄与するという大学の使命を果たす一つの装置となり得るでしょう。

 この度連携協定を結ぶことになりました熊本の地は、本学といささか無縁ではありません。「火の国」熊本のシンボルである阿蘇には、本学理学研究科の附属施設「火山研究センター」がございます。同センターは、火山に関する研究・教育を目的に、1928年に大学初の火山研究所として設立されました。以来、80年以上にわたり阿蘇火山をはじめ九州各地の火山を対象に火山に関する研究を続けるとともに、研究によって得られた成果を一般の方々に知っていただくための見学会などもおこなっております。また、本連携の中核となる野生動物研究センターは、有明海を望む三角半島に所在する株式会社三和化学研究所チンパンジー・サンクチュアリ・宇土に寄附講座を設け、本学の3名の教職員が常駐して、動物の飼育管理や福祉長寿に関する研究を進めております。また、そのサンクチュアリからは、近い将来、熊本市動植物園に6頭のチンパンジーが譲渡されることも聞き及んでおります。このように、熊本と京都大学は、教育・研究活動を通じて長年にわたり協力体制を育んでまいりました。

当日の様子 ご存じのように、近年の自然環境は著しい変化を遂げ、そこに暮らす野生動物の生活スタイルにも大きな影響をおよぼしつつあります。本来、山奥が営みの場であったクマやイノシシが突然各地の市街地に姿を現し、大騒ぎに発展するニュースは記憶に新しいところです。その一方で、そうした野生動物が、実は絶滅の危機に瀕しているという現実も懸念されます。地球上には多様な生物が生存していますが、約4,500種の哺乳類の20%が、また約9,500種の鳥類の10%以上が絶滅の危機に瀕しています。おそらく、この数字は今後ますます増加することが予想されます。それは、私たち人類に対する警告なのかもしれません。野生動物が本来の姿で生活できる環境を取り戻すことこそが、人間が今後も地球上で生存し続けていく上での重要な手段なのです。

 その一方で、私は危機的状況にある地球社会で人間が生き残っていくためには、最先端の科学技術を応用することも重要だと考えます。たとえば、私の専門は超高層大気圏物理学ですが、長年にわたって「宇宙太陽発電所」構想を推進しています。宇宙物理学と自然科学、一見まったく接点を持たないような印象を受けますが、地球で消費されるエネルギーの源を太陽系から得ることで地球環境が改善・維持され、そこに暮らす人間や野生動物の持続的な生存が可能となるでしょう。このように、学際的あるいは異分野の融合こそが、人間生存のための新たな展開を生み出すことは間違いありません。一つの山の頂上を目指す上では、さまざまなルートがあって良いのです。

 このたび、熊本市と京都大学が、それぞれ動植物園と野生動物研究センターを中核として相互に連携・協力していくことは、まさに大学や動植物園の使命である地域貢献や地域活性をより一層進めることに繋がります。同市は、自然環境の荒廃が深刻化している状況を受け、「熊本市動植物園」の再編成整備を進めておられます。同園が生命の尊さや自然環境の大切さを理解できる環境教育の場として、また野生動植物の保全の場として担う役割は大きいでしょう。そして、野生動物研究センターが有する寄附講座は、その地理的な利点から、今後双方が協力して進める多様な野生動物の実践研究を大きく推進させるだけでなく、職種や立場を超えた人々のネットワークの形成と文化の発展に寄与するものと確信しております。

 このたびの連携が、動植物園は「自然への窓」として、大学は「自然や新たな学問分野への道先案内人」として、地球社会において重要な役割と責任を果たすことを願ってご挨拶とさせていただきます。