第25代総長 松本 紘
新年あけましておめでとうございます。
平成22年の干支は庚寅(こういん)つまり「かのえ、とら」であります。十干の七番目に当たる庚(かのえ)は前年を受け継ぎ、繰り返し継続、更新するとの意味があるそうです。本学も平成21年に達成できなかったことを粘り強く継続しつつ、積極的に新しいことにチャレンジしていきたいと思います。
十二支の寅に関していえば、寅吉や寅次郎や寅彦などの勇ましい名前も最近は減り、世相を写しているのかなという年賀状をいただきました。元来、「寅」という字は、相対して手をさしのべあう形を表しているそうで、互いに協力して相手にも敬意を表しつつ仕事を進めるという意味があるそうです。京都大学の伝統として対話を根幹とする自樹自立がこれまで受け継がれてきましたが、寅年にこそ大学一丸となって、大学の本領や大学の意義を構成員すべてがよく考え、社会における大学の果たすべき役割を着実に果たしていきたいと思います。
さて、大学を取り巻く環境の変化は激しく、それへの対応や10年後を見据えた大学の改革など多くの課題を京都大学は抱えています。新たな年を迎え、私の総長としての任期の6年、すなわち72ヶ月のうち、5分の1が既に経過しました。日本や世界ひいては人類の行く末はますます不透明感を増しているように見えますし、世界や日本の指導者も替わりました。しかし、未来は待つものではなく、創りだしていくものであるとの信念のもと、京都大学のあるべき姿にむかって着実に必要な改革を進めていきたいと思います。
(1) 教育
教育の充実という観点から、語学授業の少人数化の実現(50名から35名に)や学生のリスニングやスピーチ能力の向上に向けてネイティブスピーカーの任用等をこれまで進めてきましたが、平成22年度は1学部・8研究科によるグローバル30プログラムを実施するために、外国人教員を十数名新規採用し、本学の国際化を加速させます。これに合わせて、外国人研究者および外国人学生のための宿舎の建設を進める予定です。
また、教養教育は人生の基軸たりうる大学の重要な使命であるとの観点から、平成21年は全学教育シンポジウムで取り上げるとともに、教員を重点的に配置しました。
教育の一環としての学生支援としては、課外活動棟の新設や北白川スポーツ会館の改修などの整備を行いました。あわせて、スキー部OB会からは、「志賀高原ヒュッテ」の寄付をいただきましたことをここに報告し、御礼申し上げます。
学生の就職支援としては、平成21年度はキャリアサポートセンターによる「キャリアデザイン講座」を提供するなど、キャリア形成の支援を開始しましたが、平成22年度は初年次教育として関連科目も提供する予定です。また、博士後期課程の学生やポスドクを対象とするキャリアサポートにも力を入れてきましたが、平成22年度はこれをさらに充実させます。
(2) 研究
平成21年度開始のグローバルCOEには1件が採択され、大学全体では13件が実施されています。中間評価を受けた6件中2件が「特に優れている拠点」として高い評価を受けました。
また、話題になりました世界最先端研究開発支援プログラムでは、中心研究者2件、共同提案者2件が採択されました。
研究拠点の整備としては、先端医療開発区、いわゆるスーパー特区に3件が採択されるとともに、12の研究所と4つの研究センターが共同研究・共同利用拠点として認定され、本学は国内最大数となりました。また、iPS細胞研究所(仮称)の新設が平成22年4月より認められるとの情報を得ております。さらに、現在、医工連携分野などに代表される研究分野を超えた融合領域の教育および研究を実施する組織の検討も行っています。
法人化以来、競争的資金の獲得が研究資金調達において重要性を増していますが、競争的資金になじまない基礎分野や長期の研究期間を必要とする研究分野をしっかりと支援するための財政的な仕組みの構築や競争的資金の獲得や運用をサポートする仕組み作りこそが平成22年の課題と考えております。その際に、教員が教育・研究に専念できる研究教育支援環境をいかに全学的に整備していくことができるかという点に知恵を絞りたいと思います。
平成21年1月の抱負で述べました、優秀な若手研究者を雇用する「白眉プロジェクト」は、20名の枠に588名の応募があり、20%が外国人、20%が女性、61%が学外からの応募となりました。12月に行われた伯楽会議では候補者一人あたり1時間のヒヤリングを実施し、白眉と呼びうる優秀な人材を見出すよう努力しました。現在、4月着任を目指して、最終結果を出す段階にいたっています。
(3) 財政状況
大学の財務状況については、戦略的な経営管理に生かすため、財務指標の経年比較等による財務分析を行い、その結果を、本学の財務状況や関連するトピックス等とともにわかりやすくまとめた「財務報告書 Financial Report 2009」として刊行しました。この中で様々な立場の利害関係者向けのメッセージを用意しました。たとえば、「ステークホルダーである社会のみなさんへ」と題したページや、「学生さんへ」のページ、そして「本学で働く教職員へ」のページもあり、国立大学法人評価委員会からも高く評価されました。
また、適正な予算の執行に対する取り組みは、従来からも様々に実施されているところですが、平成21年からは検収所による検収体制の整備や教員を対象とするe-learningを開始するなど、これまで以上に強化しています。
さて、平成21年の政権交代により平成22年度の概算要求のプロセスが大きく変わったことは報道等で既にご承知のことと思います。行政刷新会議の事業仕分けにより、大学関連予算に関しても多くの事業について縮減や見直しとの意見が出されました。大学としてもこの経過を注意深く見守るとともに、大学の役割や状況、学術研究の振興の重要性に関して7国立大学+2私立大学で連携し、11月24日に「大学の研究力と学術の未来を憂う-国力基盤衰退の轍を踏まないために」とする共同声明を出すなど、高等教育並びに学術研究予算の充実に向けて積極的に意見を発信してきました。
(4) 国際交流および産学連携
平成21年は、環太平洋大学協会(APRU)や東アジア研究型大学協会(AEARU)および、イタリア・トリノで開催されたG8大学サミットをはじめ、日英学長会議や科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム(STSフォーラム)等に出席し、海外の大学との意見交換や連携を進めるとともに、海外からの留学生を受け入れるための協定の締結や広報活動を行ってきました。今年はエジプトのアレキサンドリアにできるE-JUSTへ教員を送り、科学技術の国際的教育協力も積極的に行う予定です。
教育のみならず、研究においても産学連携を国際的に展開しており、平成21年2月にロンドンにオフィスを作り、東西のネットワーク作りを進めています。ここでは、I-U-U-Iをキーワードに、大学間連携を核とした産学連携の国際展開を考えています。従来、産学連携について、本学はあまり積極的ではないとされてきましたが、経済産業省との交流人事や産学連携による低炭素化のための大型プロジェクトの推進、さらには、吉田の病院構内と宇治キャンパス構内に、経済産業省の3分の2補助による先端イノベーション拠点(産業技術研究開発施設整備事業)による2つの研究棟の建築等が既に決まっています。
技術移転に関しても、特許のライセンス収入は1億円を突破し、iPSの特許が平成21年11月に認められ、その知的財産戦略も順調に進んでいます。
(5) 施設整備および人事関係
大学全体の施設の耐震改修率は84%に向上し、本3月には、山内氏のご寄付による積貞棟が病院地区に完成見込みであり、さらにiPS細胞研究拠点施設も完成します。
懸案でありました工学研究科物理系の桂キャンパスへの移転もPFI事業として平成21年に着手でき、平成24年度の移転を目指します。それに合わせて、吉田キャンパスの狭隘解消と施設の有効利用の取り組みを推進します。
本学を魅力ある大学とするため、教員の定年延長を平成22年に決定する予定ですが、これに呼応して、若手研究者の育成と確保を図るため、先ほどの白眉プロジェクトは実施されるものです。また、多様な人材の確保のために特定有期職員・特任教授の雇用を実施しておりますが、これに加えて平成21年来課題としてきた中間職を平成22年4月から設ける予定です。
また、定員管理の問題、流用定員の問題を解決し、戦略的な人事運営を行う準備をすすめており、4月から段階的に実施していきます。
さらに、男女共同参画社会の実現をめざして、女性研究者が働きやすい環境の整備を継続して実施します。その一環として、平成21年文部科学省科学技術振興調整費「女性研究者養成システム改革加速『京大式女性研究者養成コーディネートプラン』」が採択され、現在、卓越した女性研究者の育成・輩出をめざし、広報・啓発等を実施しているところです。また、平成21年度より本学の優秀な若手女性研究者を顕彰するため「京都大学優秀女性研究者賞(たちばな賞)」を創設しました。
(6) 外部戦略
京都大学は学外と多くの接点を持っています。平成21年の外部戦略もいろいろ試みていただきましたが、特筆すべき事柄として、同9月11日に品川駅の近くに開設しました「東京オフィス」を挙げることができると思います。東京地域は日本の人口のおよそ半分が集中するところであり、外国からもよく見える場所でもあります。京都大学はその東京に新たな活動拠点を持ったことになります。200坪程度とあまり大きくはありませんが、官庁、産業界、同窓会、学会など、東京ならではの接点が東京にはあります。そこから京都大学は研究活動や教育活動、社会貢献活動、産学連携活動などについて、より積極的に発信を試みるための基地ができあがりました。京都大学の魅力や考え方を広く社会に示す契機になればと願っています。
(7) 中期目標・中期計画
平成21年3月、第1期中期目標期間における暫定評価結果が示されました。本学における教育、研究、その他の業務運営に関する各種事項の目標達成状況については、ほとんどが「おおむね良好」あるいは「良好」との評価でしたが、財務状況については利害関係者に対してわかりやすさに配慮した「財務報告書」をとりまとめ、公表していることが高く評価され、「優れている」とされました。一方、学部・研究科等における教育・研究の現況について、研究ではおおむね高い評価を受けたものの、教育に関しては、一部の学部あるいは研究科の特定の項目について、関係者の期待に相応に応えているとはいえない、との厳しい評価が下されました。その要因の一つとして、根拠資料が不十分であったことなどが考えられますので、平成22年度に第1期の最終評価を受けるに当たっては、これらの点に留意することで、よりよい評価が得られるように努めます。
平成22年4月からは、第2期中期目標期間が始まります。今期は第1期と異なり、取り上げる計画項目は最大でも100項目以下、6年間で達成可能かつ全学的に取り組むべき事項に限定すべき、などとする文科省の基本方針が示されました。その基本方針に沿い、理事、副理事、理事補ならびにそれぞれの担当事務部が協力して素案を練り、それに対する部局からの意見を汲み上げ、最終的に53項目の目標と92項目の計画からなる第2期中期目標・中期計画を策定しました。
(8) 京都大学の未来戦略について
総長就任以来、多くの人々とお会いする中で、京都大学に対して社会が寄せる大きな期待を日々感じています。しかし、その期待に我々は十分こたえているといえるのでしょうか。期待に甘えることなく、常にその存在意義を問い直す姿勢が求められます。京都大学の社会的使命とは何か、京都大学は入学を希望する学生、在学生、卒業生、教職員にとって魅力ある大学であるといえるのか、あるいは京都大学は我が国あるいは世界において魅力ある大学といえるのかについて、10年先を見据えた議論をいまやる必要があります。そこで、部局から推薦された教職員38名を総長室の特命補佐に新たに任命し、総長室を拡充し、そのなかで(1)京都大学の国際化、(2)リベラルアーツ・教養教育、(3)大学入試制度の将来像、(4)キャンパスの将来像、(5)研究者人材育成、(6)外部戦略のそれぞれを調査・検討するワーキンググループを編成しました。ワーキンググループは、10年後の京都大学のあるべき姿を構想し、月2回程度のペースで担当項目について検討し、3月末までに中間報告、6月末までに最終報告をとりまとめ、私に直接提言いただくことになっています。
(9) むすびに
本学の教員が授かる国際的な学術賞等が示すように、いくつかの研究分野において京都大学は国際的にそのプレゼンスを現しています。私は、京都大学をさらに魅力ある大学とするために、研究専念の障害となっているシステム的な問題として何があるのかを明らかにし、それを取り除くように大学全体で考え、改善を進めていきます。教育改革は難問です。それぞれの部局のたてた入試に対する基本方針、学修課程に関する基本方針、学位授与に関する基本方針に沿って優れた人材を育成するために、教育の全課程をいままで以上に可視化するとともに、全学の学生が受講する教養教育について、それが全学に広く関係する問題であるからこそ、ここで一緒に考えてみようと思います。あわせて、社会に開かれた形で国際寮、研究者寮、混住寮、将来の学生寮のあり方も考えて、具体的に進めうるものは実施にむけて直ちに行動を起こしたいと考えています。
平成21年の年初の挨拶において、我が国および人類の将来にとって、大学は知の淵源であり、衍沃な大地の如く、そのあるべき姿を保ちうる限り、永遠に枯れることなく人材と知恵を生み出しうる土壌のようなものであるとの「大学土壌論」を示したところですが、その土壌を一層豊かなものとするための改革を平成22年も一層着実に進めていく所存です。