尾池 和夫
本日は京都大学総合博物館で明日から予定されておりますロラン・バルトのデッサン展の内覧会に多数お越しいただき、ありがとうございました。ロラン・バルトは現代フランスを代表する哲学者であり評論家であります。より正確に言えばその著作『記号学の原理』などで知られる記号学者であり、また文学理論家です。けれども、バルトの残した業績は一定の枠組みには当てはめることの難しい、多領域にまたがる独自のものと言えます。1950-60年代に華々しく登場したバルトは、以前から閉塞状況にあった人文科学にあたらしい視点をもたらしたことで、いわば知の変革を引き起こした人物です。
バルトはフランスにおける学問の殿堂であるコレージュ・ド・フランスで長く教鞭を執りましたが、毎日暇を見つけてはピアノを弾き、絵を描く芸術家でもありました。国立サントル・ポンピドゥーからお借りした49点のデッサンは、そのような現代的な思考と感性の一端を見せてくれます。また日仏合同のシンポジウムも企画されています。
現在京都大学は、国立大学の国立大学法人への移行の時期にあたり、いろいろな難しい問題をかかえています。さらには現代の揺れ動く国内外の情勢の中で、真に未来を志向する学問とはどうあるべきかが問われている時でもあります。
ロラン・バルトが、その色を使った独特のデッサンに見られるような自由で斬新な発想を生かしてエクリチュールとテクストの概念を一新したことは、われわれの学問の改革にもいくばくかのヒントを与えてくれるものだと思います。
バルトは60年代の初めに日本を訪れ、この京都にも滞在し、講演をしてくれました。この日本滞在がきっかけになって、『記号の帝国』という著書をあらわしたことはみなさまもご承知のとおりです。今でも読み継がれている独特な日本論であります。それから40年の時を隔てて、このたびそのデッサン展が私どもの総合博物館で開催されることは、たいへん意義深いことと考えます。
今回の展覧会に関し、カタログ制作をはじめ主体的に活動していただいた関西日仏学館、東京大学、京都大学の関係者の方々に深く感謝申し上げ、私のあいさつといたします。