交代式 あいさつ (2003年12月22日)

長尾 真前総長からの引継ぎを受けて、第24代の京都大学総長を務めさせていただきます。多くの先輩方、評議員、部局長をはじめとして、多くの方々のご列席をいただいての、この交代式にあたり、私の考えを一部ではありますが、ここにお話し申し上げ、皆様のご指導とご協力を賜りたく、よろしくお願いいたします。

マラソンという競技は、ご承知のように42.195キロを走ります。それをフルマラソンといいます。それ以上の距離を走るのはウルトラマラソンというのです。私は18歳で京都大学に入り、学部卒業と同時に22歳で助手に採用され、今63歳です。一年1キロとしてマラソンに例えると、フルマラソンを走ってきたようなものです。それがあと350メートルほどでゴールと思って、全力を振り絞っている最中に、一緒に走っている仲間から突然、私だけあと5キロ走れと、いわれたわけです。その衝撃であります。

私の気持ちをきわめて率直に申し上げますと、それだけ、しんどい仕事を与えられたと思っていますが、それだけに大学人にとって、もっとも名誉な仕事をいただいたとも思っています。あと5キロを一所懸命走ってみます。

総長のリーダシップについて

来年4月1日には、国立大学法人京都大学が置かれ、その法人が京都大学を設置することになり、私はその学長に指名されることになっています。そのとき、法人法の趣旨によって、リーダシップを発揮するよう求められているわけですが、それに関して、京都大学では、ボトムアップをもとにするリーダシップを基本的としたいと思います。

部局の自治を基本とする京都大学の伝統は、変化することはなく、またそこには、106年の大学の歴史の中で築かれてきた、大学の学問の自治の重要な基本があると思います。部局長会議での議論をもとに、さまざまのことを考えていく運営方法を大切にしなければならないと考えます。

大学は膨大な数の中小企業や零細企業を抱える団地のようなもので、その全体のお世話をしつつ団地を本部は管理しているのであります。零細であっても中小企業であっても、そこにいる研究者たちは、皆が大物です。確信を持ってその分野の世界一を目指しています。研究成果という産物を世界に出荷し、また学生たちを教育して次の世代の跡継ぎや別の分野の創設をはかっています。

そんなたくさんの大物を束ねて京都大学という大きな船の舵取りをするのが私の仕事です。よほどうまく舵取りをしないとその船は動きませんが、多少間違ってもなかなか難破しないということも言えます。部局長会議を通して知恵を出し合いつつ、協力して大学の発展を図っていきたいと思います。

教育について

さらに、学生のことを話します。京都大学には5月の資料で、21532名の学生がいます。職員の方々にも、最初のあいさつで申し上げましたが、何人の学生の顔と名前を覚えるかということ、学生のことを考えて仕事をしてきたかどうかということの評価基準にしてほしいと申し上げました。

先週金曜日には、「21世紀の京大はどのように揺れるか」という題で最終講義をしましたが、例えば大地震が起こって大学に被害が出たとき、まず学生を守るという観点を持つことにします。大学にとって何かが欠けたときに、絶対的に困るものは何かということです。それが学生だというわけです。

地震学で、しかも学生部担当であった私が選ばれたのですから、この方針だけは間違いないと思っています。

すでに、防災研究所の林先生に、学生の安全を守る方策の検討をお願いしました。内閣府の危機管理の専門家とも話して、大学の安全策を考えました。それで確信したことは、緊急の時に何を守るかというのをまず決めることが、大きな組織にとって最も重要なことであるということです。

それについて、危機の時には、まず学生を守るということを京都大学の危機管理の基本にしたいと思っています。

昨日ですが、今出川通りに面した京都大学の女子寮で、クリスマスパーティーがありました。寮生全員からというご招待状をいただいて、妻と二人で花など持って、参加してきました。ずいぶん話が弾んで、時間がたちましたが、学生たちの輝く目をみていると、本当に教育に力を入れないといけないと、あらためて実感しました。

大学評価について

国立大学法人評価委員会総会の第1回が、平成15年10月31日(金曜日)の13時から15時まで開催されました。その議事録によりますと、野依委員長の挨拶に次のような部分があります。
「現在のところ、我が国の大学評価の方法につきましては、まだ十分に確立しているとは言いがたいと思っております。私は、適正な評価は大学人を大いに励ますことになると思っておりますけれども、同時に不適切な評価法は大学システム全体を疲弊させることになることは確実だろうと思っております。このため、この委員会の評価は、大変試行錯誤にならざるを得ないと覚悟しております。常によりいい評価の仕組みを求めて、不断に工夫、改善を重ねていくことが大変重要ではないかと考えております。」
数ヶ月後に法人化する時点でも、まだ試行錯誤で評価を行うということ自体は、大きな問題でありますが、それはそれとして、評価は大変重要です。

大学の評価は大学でなければできない面があります。自己評価をきちんとすることができる必要があると思います。そのため大学評価の京都大学方式を確立するための、評価方式の分析と独自の検討を進めたいと思っています。

第1期中期目標と中期計画

同じく国立大学法人評価委員会総会の第1回の議事禄によりますと、さらに、委員長のまとめの中で、

「今後、この委員会といたしましては2点大事な点がございまして、どのような考えで具体的に修正を行っていくのか、それから第2点目は、中期目標・中期計画の項目の具体性などについて審議する必要があろうかと思います。また、各事業年度の業務実績に関する評価の方法についても検討していく必要があろうかと思っております。」

というのがあります。読売新聞の記事では、数値目標を求めるという表現さえありまして、この点に関しては、先行の独立行政法人の例からも、大変警戒している必要があると思っております。

「各大学の素案について、どの部分をどのように修正するお願いをさせていただくかということでございますけれども、これは本委員会のご意見を伺いながら検討していくことではございますけれども、まず大前提といたしまして、中期目標に関しまして、法律上法人の原案への配慮義務というものが規定されております。また国立大学法人法の大学の教育研究の特性への配慮という規程と相まって、国立大学法人が作成いたします原案につきましては最大限尊重する、このようなことを国会答弁等で申しているところでございます。文部科学省の基本スタンスとしては、まずこれがございます。それからもう一つ、国会の附帯決議でございますけれども、中期目標の修正につきましては、財政上の理由その他真にやむを得ない場合に限るということが決議されているところでございます。私どもはこの方針を十分踏まえて臨む必要があるということが2点目でございます。なお、財政上の理由による修正ということと関連する法律上の枠組みといたしましては、中期目標を定め、かつ中期計画を認可するに際しましては、財務大臣への協議が必要となっているところでございます。」

つまり、財政という点で、修正を求めるということを言っており、あくまでも国の予算支出を押さえる方向が見えるわけです。国の根本を支える教育と研究の基礎を揺るがす政府の方針を、よく分析しつつ、市民に問題点を知らせる必要があると思います。

広報について

大学を市民に理解してもらうことが重要です。ガラス張りの大学にするためには、広報組織を整備して、大学というものの中身を市民に見せることが必要です。象牙の塔ではなく、ガラス張りの京都大学を創るということを基本方針としたいと思います。

市民にわかる言葉で、市民に理解してもらって、はじめて研究の成果が生きてくると思います。

文化を守る

日本を人の体に例えると、大学は脳です。法人化そのものは私立大学も、公立大学も、国立大学も、ともに活性化する機会としてとらえれば、それなりに意味はあるでしょう。活性化するためには、脳である大学に、国はいろいろの方法で栄養を送り込まなければなりません。そうしないといい考えが出てこないのです。しかし、最近の情報が示すように、財務省はその栄養の補給を減らそうとしています。その分を別の場所に回そうとするのです。今まで70年代から栄養を補給したので、いい論文がたくさんできています。今後20年ではノーベル賞が50人くらい出るでしょう。今から交付金を減らしていくと、20年後には脳死の状態になって、日本の知能はだめになってしまうと思います。

最もローカルなものこそ、最もグローバルなものであると、私は思っています。京都の文化がそれの実例です。京都は世界の人が知っています。その優位さを生かして、世界に向かって文化を発信していかなければなりません。そのためには大学コンソーシアム京都などの取り組みにも、より積極的に参加していくことが必要だと思っています。

総長からのメッセージ

12月16日の朝、京都大学のホームページの更新をして、長尾前総長のメッセージを歴代総長のページに移させていただきました。そこから長尾先生の式辞なども読めるようにリンクを張ってあります。そして、私のメッセージを新しく掲載いたしました。

一つの新しい試みとしては、総長室のページから意見や質問を直接メールで送ることができるように、窓口を作ったことがあります。市民や大学の構成員の声を少しでも聞くことが、これからの大学運営に必要なことであろうと思います。

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交代式にあたって、諸先輩方、京都大学の評議員、各部局長の皆様方をはじめ、ご列席いただいた皆様方に私の考えの一部をお聞きいただきました。今後とも、皆様のご支援とご指導をたまわりたく、よろしくお願い申し上げます。