神経障害性疼痛の病態に関わる新たな分子機構の発見―脊髄後角ニューロンのTRPC3チャネルが、発痛物質によるGq共役型受容体-PLC経路を介した異常な痛みの伝達に関わる―

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 神経障害性疼痛は、急性疼痛とは異なり、原因となる神経系の損傷が治癒した後でも消失せずに慢性的に続く耐え難い疼痛です。代表的な疾患としては、外傷後後遺症・帯状疱疹後神経痛・坐骨神経痛・手根管症候群などが挙げられます。その病態形成には末梢・中枢での体性感覚神経系の病変が重要ですが、その根底にある細胞・分子メカニズムには未解明な部分が多く残されており、根治可能な治療薬は乏しいのが現状です。

 白川久志 薬学研究科准教授および戸堀翔太 同博士課程学生らの研究グループは、この神経障害性疼痛の病態に関わる可能性のある分子として、transient receptor potential(TRP)スーパーファミリーの一種であり、脊髄や一次感覚ニューロン等に広く発現するTRP canonical 3(TRPC3)に着目しました。TRPC3は、Gq共役型受容体-ホスホリパーゼC(PLC)経路の下流で活性化されて細胞外からのCa2+流入を担う受容体活性化型TRPチャネルの1つです。マウス病態モデルを用いて、末梢神経損傷後の神経障害性疼痛におけるTRPC3の関与について検討したところ、TRPC3遺伝子欠損マウスでは坐骨神経部分結紮(pSNL)処置後の機械痛覚過敏の発症が顕著に抑制されることが明らかとなりました。脊髄後角ニューロン特異的にmiRNAを用いてTRPC3をノックダウンするとpSNL処置後の機械痛覚過敏が減弱しました。また、脊髄TRPC3の活性化や、発痛物質であるサブスタンスPの髄腔内投与によるNK1受容体刺激、脊髄PLCの活性化により惹起される機械痛覚過敏はTRPC3欠損マウスで顕著に抑制されました。これらの結果より、脊髄後角ニューロンに発現するTRPC3が神経障害性疼痛の病態に重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。今後は、TRPC3チャネルが関与する脊髄ニューロンの活性化および伝達経路への治療的介入が、神経障害性疼痛に対する新たな創薬戦略になることが期待されます。

 本研究成果は、2025年3月13日に、国際学術誌「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」に掲載されました。

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本研究の概要
研究者のコメント
「末梢の一次感覚ニューロンで痛みのセンサーとして機能するTRPチャネル群はノーベル生理学・医学賞の受賞により非常に有名になりましたが、脊髄など中枢の体性感覚神経系に発現するTRPチャネル群が痛みの制御にどのように関与しているかは、意外なほどに未解明のままです。今回の研究では、TRPC3が神経障害性疼痛の病態下では脊髄後角ニューロンにおいて病態促進的に機能し、様々な発痛物質によるGq共役型受容体シグナルの合流点として機械痛覚過敏の形成に寄与するという、新たな慢性疼痛の形成メカニズムを発見することができました。今後は、脊髄後角ニューロンの神経活動制御におけるTRPC3の詳細な役割を調べると共に、他の慢性疼痛のマウスモデルも用いて、神経障害性疼痛にとどまらず慢性疼痛の発症機構の全体像に迫りたいと考えています。」(白川久志)
研究者情報
書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1073/pnas.2416828122

【書誌情報】
Shota Tobori, Kosei Tamada, Nagi Uemura, Kyoko Sawada, Masashi Kakae, Kazuki Nagayasu, Takayuki Nakagawa, Yasuo Mori, Shuji Kaneko, Hisashi Shirakawa (2025). Spinal TRPC3 promotes neuropathic pain and coordinates phospholipase C–induced mechanical hypersensitivity. Proceedings of the National Academy of Sciences, 122, 11, e2416828122.

メディア掲載情報

日刊工業新聞(3月12日 23面)に掲載されました。