今井啓雄 ヒト行動進化研究センター教授、中内啓光 東京科学大学特別栄誉教授、正木英樹 同特任准教授、柳田絢加 東京大学助教および英国エクセター大学(University of Exeter)を含む国際共同研究チームは、チンパンジーの体細胞からナイーブ型多能性幹細胞を樹立し、さらにチンパンジーの胚盤胞モデルを作製することに、世界で初めて成功しました。
従来型(プライム型)のヒト多能性幹細胞(ES/iPS細胞)は、全身の体細胞を形成できる分化能を持つのに対し、ヒトナイーブ型多能性幹細胞は、全身の体細胞のみならず、胎盤や卵黄嚢といった胚体外組織にも分化できることが知られています。この特性により、ヒトナイーブ型多能性幹細胞から胚盤胞モデル(ブラストイド)を作製できることが報告されており、倫理的・技術的制約により困難とされていたヒト初期胚発生研究の進展に大きな期待が寄せられています。一方で、マウスナイーブ型多能性幹細胞には胚体外組織への分化能がないことが知られており、この分化能がヒトナイーブ型多能性幹細胞に特異的なものなのか、それとも他の動物種にも見られるのかは未解明のままでした。
本研究グループは、チンパンジーの体細胞から作製した従来型iPS細胞を、Activin、IL6、PRC2阻害剤を含む培地で培養することにより、チンパンジーナイーブ型iPS細胞へと変換することに成功しました。このチンパンジーナイーブ型iPS細胞は、ヒトナイーブ型多能性幹細胞と類似した遺伝子発現パターンを示し、胚体外組織への分化能を持つことが明らかになりました。さらに、PRC2阻害剤がナイーブ型多能性幹細胞の増殖に重要であることを突き止めるとともに、PRC2阻害剤を添加することで、これまでヒトナイーブ型多能性幹細胞の長期維持培養に必要だったマウス由来フィーダー細胞を不要にできることも明らかにしました。これは、ヒトナイーブ型多能性幹細胞の効率的な分化誘導を促進するだけでなく、再生医療に向けた培養系から動物性由来成分を排除する上でも重要な発見です。
本研究成果は、2025年2月26日に、国際学術誌「Cell Stem Cell」にオンライン掲載されました。

「ヒトに最も近いチンパンジーと比較することにより、それぞれの種の共通性や特徴を明らかにできると考えています。そのためにも完全な多能性をもつナイーブ型iPS細胞の樹立は悲願でありましたが、関係者の10年以上の努力によりやっと成功に至りました。本学の共同利用研究の成果として、今後の霊長類資試料の活用にも発展できると期待しています。」(今井啓雄)