稲垣誠 複合原子力研究所特定助教、二宮和彦 大阪大学准教授、久保謙哉 国際基督教大学教授、下村浩一郎 高エネルギー加速器研究機構教授、髭本亘 日本原子力研究開発機構研究主幹、齋藤努 国立歴史民俗博物館教授らの研究グループは、量子ビームの一つであるミュオンを用いて、鋼鉄中に含まれる微量な炭素を非破壊で定量する方法を開発しました。
鋼鉄中の炭素は、鋼鉄の性質を決める重要な元素ですが、その分析は化学処理を伴う破壊的な方法で行われています。今回、研究グループは、大強度陽子加速器施設J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)ミュオン科学実験施設(MUSE)から得られる世界最高強度のミュオンビームを利用して、鋼鉄内部の微量の炭素を、位置選択的かつ非破壊で分析することに世界で初めて成功しました。物質中に捕らえられたミュオンの寿命は、捕らえた元素によって変化します。この性質を巧みに利用することで、鋼鉄に微量に含まれる炭素の量を感度良く検出することができるようになりました。
本研究の成果は、人類にとって最も重要な物質の一つである鋼鉄の品質管理にミュオン分析という新たな選択肢を与えるとともに、文化財などの貴重資料に新たな分析法を提供するものです。例えば日本刀は、鋼鉄でできていますが、その製法は地域や時代によって異なっており、炭素の存在量を調べることは、失われた製法を再現する上で重要な情報を与えます。このように本研究の成果は、ミュオン利用の新たな可能性を拓くものとなります。
本研究成果は、2024年1月20日に、国際学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。
「鋼鉄は我々にとって大変重要な物質です。その物質特性に大きく影響する炭素量を非破壊で分析することができるこの方法は、基礎研究にはとどまらない広い応用が期待できます。今回はミュオンの持つこれまであまり注目されていなかった性質を使って新しい分析法を開発したもので、日本が得意とする量子ビームの研究分野をますます発展させることに寄与できると考えています。」(二宮和彦)
【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41598-024-52255-5
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/286972
【書誌情報】
Kazuhiko Ninomiya, Michael Kenya Kubo, Makoto Inagaki, Go Yoshida, I-Huan Chiu, Takuto Kudo, Shunsuke Asari, Sawako Sentoku, Soshi Takeshita, Koichiro Shimomura, Naritoshi Kawamura, Patrick Strasser, Yasuhiro Miyake, Takashi U. Ito, Wataru Higemoto, Tsutomu Saito (2024). Development of a non-destructive depth-selective quantification method for sub-percent carbon contents in steel using negative muon lifetime analysis. Scientific Reports, 14:1797.