核磁気共鳴分光法(NMR)や磁気共鳴イメージング(MRI)は非破壊・非侵襲な分光法であり、現代の化学や医療分野では欠かすことのできない技術です。一方で、NMRやMRIは感度が低く、特にMRIではその観測対象が体内に多量に存在する水分子に限られ、応用範囲の拡大を妨げています。そのため、NMRや MRIを高感度化する手法として、色素分子の光励起三重項電子スピンを用いた動的核偏極法(triplet-DNP)が注目されています。
今回、御代川克輝 理学研究科修士課程学生、倉重佑輝 同准教授、坂本啓太 九州大学大学院生、濱地智之 同大学院生、楊井伸浩 同准教授、立石健一郎 理化学研究所研究員、上坂友洋 同主任研究員の研究グループは、応用上重要なガラス材料中でのtriplet-DNPにおいて過去最高値となる約14,000倍のNMRの感度向上を達成しました。
これまでNMRの感度を実用レベルまで向上させるには単結晶を用いて偏極源となる色素分子の配向を揃える必要がありました。しかし、単結晶材料には観測対象のプローブ分子をドープできないためNMRやMRIへの応用は困難でした。本研究では有機色素分子の電子構造に着目した分子開発により、ガラス材料中においてランダム配向であっても実用レベルのNMR増感が得られることを初めて実証しました。また量子化学計算による理論解析を行うことで、理想的な色素分子の設計指針を構築することにも成功しました。
今回の成果により、これまで実用化に向け大きな障壁となっていたプローブ分子への偏極移行を高効率で行うことができるようになるため、MRI癌診断などへの応用に繋がると期待されます。
本研究成果は、2023年10月23日に、国際学術誌「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」にオンライン掲載されました。
「今回の研究成果で非常に重要な点は、実用的な高核偏極化のためにどのように偏極源をデザインすれば良いかという方針が明らかになったことです。これは実験と理論の研究者が密に連携することで初めて可能となりました。今後更に性能を高め、実用化に向けて研究を進めてまいります。」(楊井伸浩、倉重佑輝)
【DOI】
https://doi.org/10.1073/pnas.2307926120
【書誌情報】
Keita Sakamoto, Tomoyuki Hamachi, Katsuki Miyokawa, Kenichiro Tateishi, Tomohiro Uesaka, Yuki Kurashige, Nobuhiro Yanai (2023). Polarizing agents beyond pentacene for efficient triplet dynamic nuclear polarization in glass matrices. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS), 120(44):e2307926120.