角五彰 理学研究科教授、井上大介 九州大学助教と大橋慧介 北海道大学博士後期課程学生(研究当時)、高須賀太一 同准教授らの研究グループは、生体由来の微小なモーターであるキネシンを試験管内で合成することに成功しました。
キネシン生体分子モーターは、アデノシン三リン酸(ATP)の化学エネルギーを高効率に運動に変えることができ、数十ナノメートル(髪の毛の3000分の1くらい)という小さなサイズにも関わらず、高い出力(一般的な電磁モーターの20倍程度)を発揮する優れたタンパク質です。キネシンは細胞内に張り巡らされた繊維である微小管細胞骨格に沿って移動しながら、様々な物質を輸送します。キネシンは細胞内の物流を担うタンパク質であるため、細胞が機能する仕組みを理解する上で重要です。また、ナノテクノロジーの分野でもナノメートルサイズの微小な動力パーツとして古くから注目されています。
これまで、キネシンは遺伝子組み換え大腸菌を用いて作る方法が主流でしたが、バイオセーフティの認証や専用設備・装置、熟練されたタンパク質精製スキルが必要であり、同じ品質・量で安定して得ることが困難でした。そのため、生物学専門の研究機関以外で、キネシンを獲得することが難しく、キネシンを幅広い研究分野で利用することに制限がありました。
今回、本研究グループはコムギの胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質発現系により、大腸菌のような遺伝子組み換え生物を用いずに、キネシンを試験管内で合成することに成功しました。合成したキネシンが駆動することも確認できただけでなく、従来の遺伝子組み換え大腸菌を用いて作ったものよりも高性能であることを明らかにしました。また、キネシンの遺伝子テンプレートをPCRにより編集し、合成キネシンの構造と機能を簡単に改変することにも成功しました。
キネシンの合成は、必要最低限の機器を用いるだけで誰でも行うことが可能であり、九州大学の授業では、マイクロピペットを握ったことがない学部3年生でも、動くキネシンの合成に成功しています。このことはDIYバイオの観点からも重要です。本研究により、キネシン生体分子モーターをより幅広い分野の研究者が利用することが可能になり、今後応用のチャンスが増えると期待されます。
本研究成果は、2023年6月16日に、国際学術誌「ACS Synthetic Biology」にオンライン掲載されました。
【DOI】
https://doi.org/10.1021/acssynbio.3c00235
【書誌情報】
Daisuke Inoue, Keisuke Ohashi, Taichi E. Takasuka, Akira Kakugo (2023). In Vitro Synthesis and Design of Kinesin Biomolecular Motors by Cell-Free Protein Synthesis. ACS Synthetic Biology, 12(6), 1624–1631.
日刊工業新聞(6月27日 23面)に掲載されました。