ブータン仏教開祖ツァンパギャレーの人物像解明への一歩―最古の伝記から読み解く国民総幸福量(GNH)の起源―

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 資本主義は飛躍的な経済の発展をもたらし、人類はかつてない物質的な豊かさを手に入れることができました。他方、「国内総生産」(GDP)至上主義が横行し、経済発展ができれば他の犠牲は厭わないといった行き過ぎた考えも起こり、環境や文化、コミュニティの破壊が進んでいるところもあります。そうした中、GDP以外の要素にも着目する政策が行われるようになってきています。その筆頭として挙げられるのが「幸せの国」とも称されるブータンです。ブータンでは、教育や文化、生態系などの要素を経済と同等に扱い、バランスの良い開発を進める「国民総幸福量」(GNH)政策を主導し、世界の開発政策に大きな影響を与えてきました。GNHは、しばしば現代における経済学的・心理学的側面から注目されますが、根源的な理論基盤として仏教倫理・仏教思想が存在していることを忘れてはなりません。

 仏教国ブータンの国教宗派はドゥク派ですが、その開祖であるツァンパギャレー(1161-1211)の人物像は、文献が入手できなかったため、長らくベールに覆われていました。

 熊谷誠慈 人と社会の未来研究院准教授の研究チームは、ツァンパギャレーに関する現存する全ての著作の写本を照合、校訂し、考古学的・歴史学的・哲学的側面から研究を進めてきました。研究チームは、ブータン政府との連携のもと、ツァンパギャレー存命中の行動を知る3人の直弟子が書いた最も古い3種類の伝記を取り上げ、複数の写本を照合しながらオリジナルのテキストへと復元した校訂本をまとめ、この度、同校訂本が王立ブータン研究所より出版されました。
同出版により、ツァンパギャレーの人物像と思想の総合的解明への扉が開かれました。ツァンパギャレーの著作中には、GNH的な幸福概念の起源ともいえる用語も確認されることから、「幸せの国」ブータンが掲げるGNHのルーツ解明にも大きく寄与する可能性があります。

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開祖ツァンパギャレーの絵

研究者のコメント

「GDP至上主義的な流れに対し、ブータンはGNHという概念を提唱し、モノやお金以外の要素についても価値を見出そうとしてきました。物質と精神の両面をバランスよく保とうとするブータンの幸福観は、世界の幸福政策にも大きな影響を与えてきました。そのルーツには、仏教的な倫理観や哲学思想が存在しています。ブータン仏教のルーツ解明が進むことで、GNH理解も深まり、世界の開発政策や幸福観の構築に貢献できることを願っています。」(熊谷誠慈)

研究者情報
書誌情報

【書誌事項】
Seiji Kumagai, Thupten Gawa Matsushita, Akinori Yasuda (2022). The Three Oldest Biographies of Tsangpa Gyare, the Founder of the Drukpa Kagyü School. Centre for Bhutan Studies & GNH Studies.