松沢哲郎 高等研究院副院長・特別教授、郷康広 自然科学研究機構新分野創成センター特任准教授、藤山秋佐夫 情報・システム研究機構国立遺伝学研究所特任教授、阿形清和 学習院大学教授らの研究グループは、霊長類研究所のチンパンジー親子3個体(父:アキラ、母:アイ、息子:アユム)の全ゲノム配列(遺伝情報の配列)を高精度で決定(解明)し、父親・母親それぞれのゲノムが子どもに受け継がれる際に起きるゲノムの変化を明らかにしました。
本研究成果は、2017年11月1日午後7時に英国の科学誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。
研究者からのコメント
親子トリオのゲノム解析は、ヒトの疾患研究などにも応用され始めています。例えば、自閉スペクラム症や統合失調症などの神経疾患研究においては、その遺伝率の高さ(自閉スペクトラム症では65~90%)から責任遺伝子の同定が多くの研究で試みられています。その中でも、子どもが精神疾患を発症しているものの両親が発症していないような家系を対象とした、新規突然変異(一塩基変異やコピー数変異)の解析が行われています。しかし、精度の低い配列結果から得られた結果からは、多くの偽陽性が得られ、信頼のおける結果を得ることが未だに難しい状況にあります。今回の研究で明らかにした結果、および解析手法は、その精度と信頼性の高さから、今後ヒト疾患研究における新たな解析手法を提供でき、新たな候補遺伝子の同定が進むことが期待されます。
概要
チンパンジーは、進化的にヒトの最も近縁であり、99%のゲノム情報をヒトと共有している「進化の隣人」です。しかし、残りの1%のゲノムの違いに、「ヒトをヒトに」「チンパンジーをチンパンジーに」した原因があると考えられています。本研究では、そのチンパンジーを対象として、進化の駆動力である新規突然変異(両親のどちらのゲノムにも存在しないが、子どものゲノムに生じる変異)が、親から子どもへとゲノムが伝わる過程でどのように生じているか、その詳細を明らかにしました。
全ゲノム配列を高精度に明らかにするために、チンパンジーゲノム(約30億塩基対)の約150倍にあたる4500~5700億塩基対(新聞朝刊の約7000~8000年分の文字数に相当)の配列の決定を3個体全てに対して行い、1世代における新規突然変異率の推定やそのパターンを解析しました。本研究で得られたデータ量は、これまでのヒトを含めた個人ゲノム研究として前例のない大規模データになります。それらの大規模データの解析を行った結果、チンパンジーの生殖細胞系列では、1世代に生じる新規一塩基突然変異は1億塩基対あたり平均1.48個生じていました。この値はヒトで報告されている値(0.96~1.2)より高い結果でした。また父親(精子)由来が75%でした。
さらに、高精度な配列を得たことにより、1世代で生じるゲノム構造変化(新規遺伝子交換(父親と母親からそれぞれ受け取る2本の対立遺伝子の間で、一方の対立遺伝子が他方の対立遺伝子を置き換えてしまう機構)や新規コピー数変異)の動態も高精度に明らかにすることができました。これらのゲノム構造変化は、ヒトゲノム研究においてもその詳細が未だ充分に明らかにされていないため、今回の研究で開発した方法や得られた結果により、ヒトゲノムの構造変化を含めたよりダイナミックなゲノム変化を解析するための方法論も提示することができました。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41598-017-13919-7
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/227751
Shoji Tatsumoto, Yasuhiro Go, Kentaro Fukuta, Hideki Noguchi, Takashi Hayakawa, Masaki Tomonaga, Hirohisa Hirai, Tetsuro Matsuzawa, Kiyokazu Agata & Asao Fujiyama (2017). Direct estimation of de novo mutation rates in a chimpanzee parent-offspring trio by ultra-deep whole genome sequencing. Scientific Reports, 7, 13561.
- 京都新聞(11月3日 27面)、産経新聞(11月28日 23面)、中日新聞(11月2日 3面)および科学新聞(12月1日 8面)に掲載されました。