佐藤弥 医学研究科特定准教授、河内山隆紀 ATR脳活動イメージングセンタ研究員らのグループは、動的表情を見ている間に計測した2実験のfMRI(機能的磁気共鳴画像)データと1実験のMEG(脳磁図)データを総合的に解析することで、扁桃体と大脳新皮質の相互作用の方向を世界で初めて明らかにしました。この結果から、表情を見たとき、感情が認知をすばやく調整することが示唆されます。
本研究成果は、2017年2月23日に英国の脳科学誌「Cerebral Cortex」誌に掲載されました。
研究者からのコメント
今回の結果は、対人関係において感情がさまざまな認知処理に影響を与えるという、日常でしばしば経験されいくつかの実験心理学で報告されてきた心のはたらきについて、その脳のしくみを説明します。
また、発達障害や精神疾患では、対人コミュニケーションにおける感情と認知の問題が生じることが明らかになっています。例えば、自閉症では、共感的な感情喚起が少なくて表情に注意を向ける程度が低い、うつ病では、表情を見たときネガティブな感情が喚起されやすく感情認識にもネガティブなバイアスがかかる、といった報告があります。今回の結果は、こうした症状の脳内メカニズムについて示唆を与えます。
概要
表情を通したコミュニケーションは、ヒトの社会生活に不可欠です。心理学研究は、動的表情を見たとき感情が呼びおこされるとともに、表情を知覚し、認識し、運動模倣するといったさまざまな認知処理が遂行されることを示しています。
fMRIやMEGを用いた脳科学研究は、動的表情を処理する脳のしくみを調べてきました。これまでの研究は、動的表情を見たとき、感情に関わる扁桃体や認知に関わる大脳新皮質が活動することを報告し、また、扁桃体と大脳新皮質の間には、お互いが働きかけ影響しあうという相互作用があることを明らかにしました。
しかし、扁桃体と大脳新皮質の相互作用が、どちら向きに起こるかは不明でした。感情が先か(扁桃体から大脳新皮質への影響がある)と、認知が先か(新皮質から扁桃体への影響がある)では、まったく違った人間観が示唆されます。
そこで本研究グループは、扁桃体から新皮質、新皮質から扁桃体、および扁桃体と新皮質の間で双方向に影響があるといった複数のニューラル・ネットワーク・モデルを作り、最もデータに適合するのはどのモデルか検討しました。
その結果、3実験のデータに共通して、動的表情を見ているとき、扁桃体から新皮質の方向に影響があるというモデルが最良のモデルであることがわかりました。さらにMEGデータの解析からは、この扁桃体から大脳新皮質への影響が、表情を見てから約0.2秒というすばやい段階で現われることもわかりました。
図:扁桃体と新皮質の影響関係のモデル。扁桃体から新皮質へのモデル1、新皮質から扁桃体へのモデル2、双方向のモデル3、および双方向で一部変更したモデル4・5(図掲載なし)を比較しました。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1093/cercor/bhw036
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/224987
Wataru Sato, Takanori Kochiyama, Shota Uono, Sakiko Yoshikawa and Motomi Toichi. (2016). Direction of Amygdala–Neocortex Interaction During Dynamic Facial Expression Processing. Cerebral Cortex, 27(3), 1878-1890.