村上永尚 徳島大学博士課程学生、井上治久 iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)教授らの研究グループは、患者由来の疾患特異的iPS細胞とゲノム編集技術を用いることで、遺伝性ニューロパチーの病態を細胞レベルで再現し、そのメカニズムの一端を明らかにすることに成功しました。
本研究成果は、2017年2月15日午前9時に国際科学誌「Molecular Brain」でオンライン公開されました。
研究者からのコメント
遺伝性ニューロパチーはまだメカニズムが解明されていない病気です。本研究ではiPS細胞とゲノム編集技術を使って病態の一部を解明いたしました。今後のさらなる研究、治療方法の開発に役立たせることができればと思います。
本研究成果のポイント
- 近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)は、遺伝子変異により運動神経と感覚神経が障害される病気で、その詳しいメカニズムはまだ分かっていない。
- HMSN-P患者由来iPS細胞から作製した神経細胞を用いて、患者の脊髄で見られるTFGタンパク質の蓄積を再現した。
- 患者由来iPS細胞から作製した神経細胞では、不要なタンパク質を分解する働きが低下していた。
- ゲノム編集技術を用いて、原因遺伝子変異を修復し、患者由来細胞の病態改善に成功した。
概要
近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)は、1997年に日本において世界で初めて報告された遺伝性ニューロパチーの一つで、家族性に運動神経と感覚神経が障害される病気です。この病気の原因として、2012年に TFG 遺伝子の異常(変異)が同定されました。この病気の患者では、脊髄運動神経細胞にTFGタンパク質が蓄積し、運動神経細胞の変性・脱落をきたすことが分かっています。
そこで本研究グループは、2人のHMSN-P患者および3人の健康な方からiPS細胞(対照群)を作製し、さらに神経細胞へと分化させました。すると、患者由来細胞と対照群との間で神経細胞への分化のしやすさに差はなかったものの、患者のiPS細胞由来神経細胞ではTFGタンパク質が蓄積していました。また、患者のiPS細胞由来神経細胞では、不要なタンパク質を分解する仕組みの一つである、ユビキチン・プロテアソーム系(UPS)の機能が低下していました。不要なタンパク質を分解する働きを抑えると、患者のiPS細胞由来神経細胞では細胞死を引き起こしやすいことが分かり、UPS機能の低下が病気に強く関わっていることが示されました。
さらに、ゲノム編集技術を用いて患者由来iPS細胞の TFG 遺伝子変異を修復することにより、患者の細胞でみられた病態の改善に成功しました。これにより、 TFG 遺伝子変異によっておこるHMSN-Pの病態の一端が明らかになりました。
図:患者由来iPS細胞から作製した神経細胞内に蓄積したTFGタンパク質(赤色)。
緑色;神経細胞、青色;核(スケールバー:10μm)。
control1;対照群、HMSN-P1;患者由来iPS細胞から作製した神経細胞、corrected;遺伝子変異修復を行ったiPS細胞から作製した神経細胞
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 http://doi.org/10.1186/s13041-017-0286-y
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/218207
Nagahisa Murakami, Keiko Imamura, Yuishin Izumi, Naohiro Egawa, Kayoko Tsukita, Takako Enami, Takuya Yamamoto, Toshitaka Kawarai, Ryuji Kaji and Haruhisa Inoue. (2017). Proteasome impairment in neural cells derived from HMSN-P patient iPSCs. Molecular Brain, 10:7
- 日本経済新聞(2月15日夕刊 14面)に掲載されました。