松原英一郎 工学研究科教授、市坪哲 同准教授、山田昇 同特定教授らの研究グループは大阪大学および東北大学と共同で、各家庭にあるDVDやBD等の書換型光ディスクの記録層として実用化されている相変化材料の高速相変化挙動のメカニズムについて考察し、超高速相変化が誘発されるという新たな機構を提案しました。
本研究成果は2016年9月21日に「Physical Review Letters」にオンライン掲載されました。
研究者からのコメント
本研究成果は、これまで報告された多くの実験的、理論的成果を矛盾なく説明することができ、相変化材料の構造変化カニズムに関する議論・理解をさらに深めることが期待されます。また、ピコ秒速度かつ低消費電力のデバイス開発の理論的裏付けが示されたことから、開発が加速されると期待されます。他方、アモルファス相à結晶相のプロセスという反対方向の変化については、十分な議論が進んでいません。今後は、得られたメカニズムを元にし、高速結晶化プロセスについても明らかにしていきたいと考えています。
概要
DVDやブルーレイディスクなど書換型光ディスクのデータ記録層として広く用いられているカルコゲナイド系光相変化物質Ge-Sb-Te(以下、GST)は、ナノ秒(ns:10 -9 s)単位のレーザーパルスにより、結晶状態とアモルファス(注1)状態の間で変化し、大きな反射率変化が起きます。光ディスクではこの仕組みを利用してデータの記録や読み込みを行っています。GSTは結晶とアモルファスのどちらの状態でも熱の変化に強いという特徴を持つため、実用的な材料として活用されています。
近年、GSTがフェムト秒(fs:10 -15 s)の極めて短いレーザーパルス(フェムト秒レーザー)の照射により結晶相からアモルファス相への相変化をピコ秒(ps:10 -12 s)程度で起こすという報告がなされ、記録速度の飛躍的な向上や消費電力削減の可能性から注目を集めています。フェムト秒レーザー照射による高速アモルファス化メカニズムの解明は、今後の材料設計に対し非常に重要であることから、理論計算をベースにいくつかのモデルが提案されています。しかし、これらはいずれも構造変化を実際に直接観察して得られたものではなく、その構造変化過程についてはまだよくわかっていませんでした。
本研究グループは、フェムト秒レーザーによって相変化するGST合金の構造変化ダイナミクスを明らかにすることを目的とし、SACLA(理研)のX線自由電子レーザーを用いてピコ秒以下の時間刻みで時間分解X線回折(XRD)をプローブとするポンプ・プローブ測定(物質のある刺激や励起(ポンプ)に対する応答(プローブ)挙動を調べるための方法)を行いました。
GST合金の中でも代表的な組成であるGe 2 Sb 2 Te 5 (岩塩型構造)とGeTe(歪んだ岩塩型構造)のフェムト秒レーザー励起直後の結晶構造変化の経時変化を明らかにし、併せて光学特性に関するポンプ・プローブ測定、第一原理分子動力学シミュレーション(注3)の結果を総合的に解釈して相変化材料の高速相変化挙動のメカニズムについて考察しました。
その観測と考察の結果、岩塩型構造では、各Ge原子は6つのTe(テルル)原子からなる八面体の中心付近に、わずかにずれて存在していますが、フェムト秒レーザー励起直後、Ge原子の動きがTe原子の動きと比べてはるかに大きくなり、八面体中心からの変位を保ちながら、ある球殻上の任意サイト間を振動あるいは運動する「Rattling motion」を生じることが分かりました(図)。
これは、かご(Te)の中に鈴やボール(Ge)を入れ振り回すような運動です。このRattling motionは、GST系結晶の光学特性を生む特異な結合モード(以下、共鳴結合)を瞬時に壊すことが可能と考えられ、既に報告されている高速反射率変化をうまく説明することができます。同時に行った第一原理分子動力学シミュレーションにより得られたアモルファス構造を解析すると、前述の結晶に特有の共鳴結合状態から、本来的な結合(Ge-Te結合の二量体化)へと組み換えが生じやすくなり、やがてアモルファス化が生じると考えられます。すなわち、フェムト秒励起→ラトリングモーション→二量体化→アモルファス化という過程で超高速相変化が誘発されるという新たな機構を提案したのが今回の成果です。
図:光励起後の初期時間におけるGeのRattling motionとポテンシャル変化図
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevLett.117.135501
E. Matsubara, S. Okada, T. Ichitsubo, T. Kawaguchi, A. Hirata, P. F. Guan, K. Tokuda, K. Tanimura, T. Matsunaga, M.W. Chen, and N. Yamada. (2016). Initial Atomic Motion Immediately Following Femtosecond-Laser Excitation in Phase-Change Materials. Physical Review Letters, 117(13) 135501.
- 日刊工業新聞(10月17日 16面)に掲載されました。