高津浩 工学研究科特定講師、門脇広明 首都大学東京大学理工学研究科准教授、小野田繁樹 理化学研究所専任研究員らの研究グループは、東京大学物性研究所、ラウエ・ランジュヴァン研究所、アメリカ国立標準技術研究所中性子研究センターと共同で、テルビウムチタン酸化物Tb 2 Ti 2 O 7 を温度-273℃(絶対温度0.1ケルビン)まで冷却すると、スピン液体という量子的な液体が凝固して電気四極子と呼ばれる電子の「軌道の形」が秩序する珍しい固体ができることを明らかにしました。
これは約20年来明らかにされてこなかったTb 2 Ti 2 O 7 の謎の秩序の問題を解く重要な成果であり、物質がとり得る新しい量子状態の理解につながる基礎学術上の重要な発見です。
本成果は2016年5月26日付けでアメリカ物理学会が発行する英文誌Physical Review Letters誌に掲載されました。
研究者からのコメント
この研究では、「フラストレート磁性体」をキーワードに研究を行い、物質のもつ新たな性質を明らかにすることができました。苦労して作った単結晶が良質なものであったこと、そして、それを使った比熱の実験に鮮明なピークを観測できたことは思い出深く、本研究の重要な成果でもあります。研究対象のテルビウムチタン酸化物Tb 2 Ti 2 O 7 における「隠れた秩序」の謎が解けたことにより、その近くにある「スピン液体」の性質もより詳しく理解できるようになったと思います。今後も新しくて面白い物質を開発して、研究していくことができたら嬉しいと考えています。
概要
Tb 2 Ti 2 O 7 はスピン液体と呼ばれる大変珍しい量子状態を示す物質として1999年の発見以来、精力的に研究されてきました。これまでに100を超える実験とさまざまな理論モデルが提案されてきましたが、そのスピン液体の性質については未だ十分にわかっていませんでした。また、実験的にはいくつかの試料においてしばしばスピン整列の長距離秩序とは異なる謎の秩序が観測されており、この秩序状態は一体何なのか?そしてTb 2 Ti 2 O 7 は本当にスピン液体なのか?という問題が、基礎学術上の大きな研究テーマの一つでした。
今回研究グループは度々観測される謎の秩序の理解がTb 2 Ti 2 O 7 のスピン液体の性質を理解する上でも重要な知見になると考えて、長距離秩序の性質を示す純良な単結晶を作成して磁場中の比熱や磁化の測定と中性子散乱実験に取り組みました。
そして驚くべきことにそれらの実験結果は、電気四極子の寄与を取り入れた量子スピンアイス模型に基づいた理論計算と見事に一致することがわかりました。つまり、これまで謎であったTb 2 Ti 2 O 7 の秩序は、テルビウムイオンが持つ四極子という電子の軌道自由度の秩序化であることが明らかになりました。
また、この秩序相の近くに現れるスピン液体は、量子スピンアイスというスピンアイスの量子力学的に重ね合わさった量子液体状態である可能性が浮き彫りとなりました。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevLett.116.217201
H. Takatsu, S. Onoda, S. Kittaka, A. Kasahara, Y. Kono, T. Sakakibara, Y. Kato, B. Fåk, J. Ollivier, J. W. Lynn, T. Taniguchi, M. Wakita, and H. Kadowaki. (2016). Quadrupole Order in the Frustrated Pyrochlore Tb2þxTi2−xO7þy. Phys. Rev. Lett, 116(21), 217201.