神戸大朋 生命科学研究科准教授らの研究グループは、低亜鉛母乳をもたらす遺伝的変異のなかで、今まで国内で報告されていなかった変異を複数確認しました。これは、低亜鉛母乳を原因とした乳児亜鉛欠乏症が、これまでの症例数から予測されていたよりも、多数発生していることを示唆する結果です。
本研究成果は2016年5月17日付け、 Pediatric Research 誌に掲載されました。
研究者からのコメント
乳児への母乳哺育は世界的に推進されており、日本においても、生後6ヶ月まで完全母乳栄養を続ける母親は、全体の50%を越えています。このような中、母乳中の亜鉛量が著しく減少し、乳児が亜鉛欠乏となる一過性乳児亜鉛欠乏症・Transient Neonatal Zinc Deficiency(TNZD)の症例はさらに増加することが予想されます。従って、乳児の亜鉛欠乏の予防のために、本症に対する一層の認知度向上と、注意喚起が必要です。今後も、TNZDを引き起こす ZnT 2遺伝子の変異情報の蓄積と、解析を進めることで、乳児亜鉛欠乏の予防につながる知見を得ていきたいと考えています。
概要
亜鉛は生命活動に欠かせない微量栄養素です。特に乳児は成長のために体重あたりで成人の2~3倍量もの亜鉛を必要とします。そのため、摂取不足により容易に亜鉛欠乏に陥ることが知られており、欠乏した場合は皮膚炎や脱毛、下痢、成長障害といった重篤な症状を招きます。
乳児の亜鉛欠乏症の原因の一つとして、低亜鉛母乳が挙げられます。母乳には、母親の血清の倍以上の濃度で亜鉛が含まれており、乳児の必要量を満たしています。そのため、母乳中の亜鉛量が著しく減少すると、乳児は重篤な亜鉛欠乏に陥ります。この疾患は一過性乳児亜鉛欠乏症・Transient Neonatal Zinc Deficiency(TNZD)として知られ、乳児へ亜鉛補充治療を行うと、症状は速やかに回復します。
TNZDの原因として、母親の乳腺において母乳中へ亜鉛を分泌している亜鉛トランスポーター ZnT2 (SLC30A2) 遺伝子の変異が、ZnT2タンパク質に機能障害を引き起こし、母乳中の亜鉛濃度を低下させることが2006年に明らかになりました。続いて当研究グループを含む複数の研究グループが、TNZDを引き起こす ZnT2 遺伝子上の変異を複数同定しました。
しかしながら、 ZnT2 遺伝子変異の発生率やTNZDの発症リスクに関する情報などは、症例報告数の不足もあって、これまで全く不明でした。
そこで、本研究では、最近の症例児の母親の協力を得て、血液から回収した母親ゲノムDNAを解析しました。その結果、すべての母親において、 ZnT2 遺伝子上にそれぞれ異なる、これまで報告のなかった変異をヘテロ接合体で見出しました。さらに、培養細胞を用いた解析により、発見した変異がいずれもZnT2の亜鉛輸送機能を失わせ、低亜鉛母乳を招くことを明らかにしました。
以上の結果から、TNZDを引き起こす ZnT2 遺伝子の変異は、日本人においてその数、種類の両面で従来の理解よりもはるかに多いことが示されました。今回の成果は、低亜鉛母乳による乳児の亜鉛欠乏症が、日本人においてこれまでの予想よりも数多く発生している可能性を強く示唆しています。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
http://dx.doi.org/10.1038/pr.2016.108
Naoya Itsumura, Yoshie Kibihara, Kazuhisa Fukue, Akiko Miyata, Kenji Fukushima, Risa Tamagawa-Mineoka, Norito Katoh, Yukina Nishito, Riko Ishida, Hiroshi Narita, Hiroko Kodama & Taiho Kambe. (2016). Novel mutations in SLC30A2 involved in the pathogenesis of transient neonatal zinc deficiency. Pediatric Research.