重度の先天的障害のある野生チンパンジーの赤ん坊の発見

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松本卓也 理学研究科博士後期課程学生(日本学術振興会特別研究員)、中村美知夫 野生動物研究センター准教授、伊藤 詞子 同研究員、井上紗奈 鎌倉女子大学学術研究所研究員らの研究グループは、タンザニアのマハレ山塊国立公園の研究対象のチンパンジー集団(M集団)において重度の先天的障害のある赤ん坊が2年近く生存した事例を観察し、障害の特徴および他個体からのケアについて調査をしました。

その結果、今回観察された障害児の特徴が過去に報告されたダウン症様の個体の症例に酷似している点、母親が過去の子育てとは異なる方法で障害児のケアを行っていた点、他個体が障害児に対して恐れや攻撃といった特異な反応を示さなかった点などが明らかになりました。

本研究成果は、国際学術誌「Primates」誌に近日中にオンライン公開される予定です。

研究者からのコメント

中村准教授

マハレでのチンパンジー研究は今年で50年になりますが、障害のある赤ん坊が観察されたのは今回が初めてです。障害者などの弱者をケアできる人類社会の進化基盤を考察する上でも重要な観察事例だと考えています。

概要

タンザニアのマハレ山塊国立公園は、これまで50年近くの間、野生チンパンジーに関する研究が京都大学を中心とする研究チームによって継続されてきました。研究対象のチンパンジー集団(M集団)については、チンパンジーの出生年や血縁関係、個体ごとの行動の特徴など詳細な情報が蓄積されてきました。今回、研究チームは、2011年にマハレのM集団において重度の障害のある赤ん坊が生まれたことを発見し、その後赤ん坊が消失するまでの約2年間の行動を記録しました。

その結果、今回観察された障害児の特徴が、過去に報告されたダウン症様の個体の症例に酷似していることがわかりました。野生下でダウン症様の赤ん坊が発見され、しかも2年近く生き残った事例が報告されるのは今回が初めてです。また、他個体からのケアとして、他個体がその赤ん坊に対して恐れや攻撃といった特異な反応を示さなかったこと、母親が過去の子育てとは異なる方法(腹に掴まった赤ん坊に片手を添えつつ移動するなど)で障害児を育てていたこと、障害児の姉が母親の代わりによく世話をしており、その姉が自身の子を出産した約1ヵ月後に障害児が消失したことがわかりました。重度の障害のある赤ん坊が野生下で2年近く生き残ることができた要因として、母親による柔軟な子育てや姉の世話といった他個体からのケアが影響を与えていた可能性があります。

(a)口が半開きであることが多い(9月齢時)
(b)お腹に腫瘍がある(11月齢時)
(c)母親の毛づくろい時、地面に置かれる(6月齢時)
(d)左手に6本指がある(浮遊型の多指症)(10月齢時)
(e)姉から世話を受ける(10月齢時)
(f)背中の毛が一部禿げている(10月齢時)

詳しい研究内容について

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1007/s10329-015-0499-6
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/201516

Takuya Matsumoto, Noriko Itoh, Sana Inoue, Michio Nakamura
"An observation of a severely disabled infant chimpanzee in the wild and her interactions with her mother"
Primates, Published online: 09 November 2015

  • 朝日新聞(11月10日夕刊 12面)、京都新聞(11月10日 1面)、産経新聞(11月11日 22面)、中日新聞(11月10日 33面)、日本経済新聞(11月10日 42面)、毎日新聞(11月10日 27面)および読売新聞(11月10日 37面)に掲載されました。

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