八尾誠 理学研究科教授、永谷清信 同助教のグループ、上田潔 東北大学多元物質科学研究所教授、福澤宏宣 同助教のグループ、和田真一 広島大学理学研究科助教、矢橋牧名 理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループグループディレクターおよび登野健介 高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室先端光源利用研究グループ実験技術開発チームリーダー等による合同研究チームは、重原子(ヨウ素原子)を含む炭化水素分子にX線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAから供給される非常に強力なX線を照射すると、わずか10フェムト秒(1フェムト秒は千兆分の1秒)のX線パルス幅(照射時間)の間に、分子が変形することを見出しました。重原子を含む分子は、X線を吸収すると次々に電子を放出します。この過程を繰り返して急激に多価イオンとなることで、分子を構成するイオン化した原子がバラバラに飛び散ります。実験で測定した各原子の運動量の相関を、モデル計算により再現することで、10フェムト秒のX線パルス幅の間に、分子は水素イオンを放出し、重原子と炭素原子との間の距離も10%ほど伸びることが分かりました。
本研究成果は、米国の科学雑誌「The Journal Physical Chemistry Letters」で、出版に先立ちオンライン掲載されました。
研究者からのコメント
X線回折は原子配列を調べる最も汎用的な方法ですが、その本質は電子による電磁波(=X線)の散乱(ならびに吸収)過程です。本研究では、XFEL光を小分子に照射する場合、この事実と正面から向き合わねばならないことを如実に示しています。XFEL利用研究の使命は、生体分子など大きな分子の構造解析ですが、そのためには本研究の小分子に対応する「部品」についての知見を、理論の裏付けも合わせて、積み重ねていかねばなりません。
概要
X線をヨウ素原子に照射すると、ヨウ素原子の深い(エネルギーが高い)内殻軌道から電子が放出されて、ヨウ素原子はエネルギーが高く不安定な原子イオンになります。この不安定な原子イオンは比較的浅い(エネルギーが低い)軌道の電子を次々に放出することで安定化し、多価原子イオンになります。SACLAの非常に強力なX線パルスを照射すると、このような過程が10フェムト秒のX線照射時間の間に複数回起こり、非常に多価のイオンが生成します。ヨウ素原子が分子の中に含まれる場合でも、X線を照射すると分子中のヨウ素原子は同様に非常に多価のイオンとなり、正の電荷は速やかに分子全体に再配分されます。電荷が再配分されると、それぞれの原子が電荷をもつため、原子イオン間のクーロン反発力によって、分子はバラバラになって飛び散っていきます。この現象はクーロン爆発と呼ばれています(図)。
本研究では、ヨウ化メチル分子を真空中に導入して、SACLA BL3で得られる超強力X線パルスを照射し、放出される原子イオンの3次元運動量を測定しました。1個の分子から放出される原子イオン同士は運動量保存則を満たすことを用いて、1個のヨウ化メチル分子から生成するヨウ素原子多価イオンと炭素原子多価イオンの運動量の相関を観測することに成功しました。
分子がX線を吸収して、クーロン爆発に至る概念図