宮武秀男 環境安全保健機構放射性同位元素総合センター技術職員、京都大学発創薬ベンチャーである株式会社フォワード サイエンス ラボラトリの古屋仲秀樹 代表取締役(元WPI(世界トップレベル国際研究拠点)准教授)らの研究グループは、水素化した酸化マンガンが、水からトリチウムを室温下で効率よく分離する吸収剤として機能することを発見しました。
本研究成果は、2015年4月23日付で英国科学誌「Separation Science and Technology」に掲載されました。
研究者からのコメント
2011年の原発事故から4年が経ちますが、増え続ける放射性汚染水への対策は決して充分ではありません。特に、トリチウムの処理技術に関しては、今後数十年以上もかかるといわれる事故処理において、汚染水の継続的な発生が予想され、新規な技術開発が早急に望まれます。核融合炉の研究過程において、高度で多様なトリチウムの分離手法が存在します。それらの技術を活かすための前処理として、本研究成果が役立つことを願ってやみません。
概要
環境中でトリチウム(T)は、水分子(H 2 O)の同位体異性体(isotopic isomer)として主に存在しています。特に、大量のH 2 Oの中に微量の同位体異性体が混入した場合、それらの水分子を分離することは極めて困難です。これは同位体異性体およびH 2 Oの水分子として性質が極めて類似していることに起因します。また、水に含まれるTの放射能濃度が1リットル当たり数百万ベクレルと極めて高い数値であっても、同放射能濃度をTの質量濃度に換算すると1リットル当たり数ナノグラムと超希薄濃度であるため、既存の分離工学の手法ではTを効率的に水中から分離回収することは濃度的にも極めて困難でした。
しかし、近い将来に実用化が期待されている先端医療研究を支えるためには、同位体異性体を含まない信頼性の高い清らかな水が薬品合成や細胞培養には不可欠です。したがって、安価で効率的にトリチウムを分離する技術に対する社会的ニーズは、超高度浄水技術として今後ますます高まって行くと予想されます。
本研究では、電池材料としてよく知られている酸化マンガンの結晶構造と、その水素イオン(H + )含有量を制御してトリチウムを含んだ水に接触させると、水中のトリチウム濃度が顕著に低下する現象を発見しました。このトリチウム濃度の顕著な低下は、酸化マンガンの表面でトリチウム水が酸化分解されてトリチウムイオン(T + )が発生し、発生したT + が結晶内に吸収される反応に基づきます。この化学反応を利用して、処理水中のトリチウム濃度が低下したタイミングでトリチウムを吸収した酸化マンガンを処理水から固液分離することによって、トリチウムを室温の水から分離・除去することを可能にしました。
図:水素含有酸化マンガンを利用したトリチウム抽出機構の概念図
詳しい研究内容について
水からトリチウムを室温下で効率よく分離できる吸収剤の開発に成功 -原発汚染水処理、先端創薬合成、高信頼性細胞培養液への応用に期待-
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1080/01496395.2015.1018440
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/199609
Hideki Koyanaka and Hideo Miyatake
"Extracting Tritium from Water Using a Protonic Manganese Oxide Spinel"
Separation Science and Technology, Accepted author version posted online: 23 Apr 2015
掲載情報
- 京都新聞(4月23日 25面)、産経新聞(4月23日 24面)および中日新聞(4月23日 3面)に掲載されました。