瀬戸誠 原子炉実験所教授、中野岳仁 大阪大学理学研究科助教および依田芳卓 高輝度光科学研究センター主幹研究員らによる研究グループは、これまで測定が非常に難しかったカリウム原子核のメスバウアー吸収を、大型放射光施設SPring-8のBL09XUを用いた手法で初めて観測することに成功しました。測定対象は、カリウム金属のナノ粒子が規則正しく配列することにより、磁気的な性質を帯びるという不思議な物質で、その磁性の原因にミクロな視点からせまる情報も初めて得られました。
本研究成果は、2015年4月6日(米国東部時間)に、米国物理学会誌「Physical Review B, Rapid Communication」オンライン版に掲載されました。
研究者からのコメント
ゼオライトの一種であるソーダライト中のカリウム金属ナノ粒子がその磁性の担い手であることを直接明らかにすることは、これまでとても難しかったのですが、放射光を用いた新しいメスバウアー分光法により可能となりました。カリウムは非常にありふれた元素であると同時に、さまざまな分野においてとても大事な元素で、その性質をミクロな視点から解明するための新しい「探針」を本研究が提供したといえます。
本研究においてこのような機構の解明が出来たことは、希少元素を全く使わずに磁性などの機能を発現するにはどうすればよいのか?という、安価で役に立つ材料の設計指針に大きなヒントを与えるものと考えています。
概要
メスバウアー分光法とは、放射性同位体から放出されるガンマ線(高いエネルギーの電磁波)を材料に照射し、そのガンマ線を共鳴吸収する元素が、材料の中でどのような状態にあるのかを精密に調べることのできる計測手法です。通常、測定にはガンマ線源となる放射性同位体が必要です。鉄などはその入手が容易なため、鉄を含む物質では盛んに測定がなされており、カリウムもガンマ線を共鳴吸収する効果があります。しかし、カリウムに適したガンマ線源となる放射性同位体がこの世の中には存在しません。そのため、通常の測定方法が全く不可能です。
そこで、カリウムについては、人為的に原子核の反応を起こさせるという大変に難しい実験が50年ほど前に行われたきりでした。ところが、2009年にSPring-8の高輝度放射光を用いることによってもメスバウアー分光が可能であることが、別の元素(ゲルマニウム)において示されました。本研究では、その手法をカリウムに初めて適用し、データの取得に成功したものです。今回、原子核反応を用いた50年前の手法に比べれば大変簡便に測定ができることも分かりました。
また、カリウムは地球上の地表近くに存在する元素の量のランキング(クラーク数)が第7位という極めてありふれた元素(ユビキタス元素)で、私たちの体内にもたくさん含まれています。本研究の実験手法は、カリウムを含んでさえいれば、どのような物質にも適用可能ですので、今後、さまざまな分野で活用されることが期待されます。
図:(a)ゼオライトの一種であるソーダライトと呼ばれるカゴ状の物質と、(b)カゴの中に保持されたカリウム金属ナノ粒子の模式図を示しています。このナノ粒子では、四つのカリウムイオンの上に、一つの電子の「雲」が広がっています。本研究では、このカリウムイオンの中心にある原子核にSPring-8の高輝度放射光を吸収させ、メスバウアー分光を行いました。そして、この電子の「雲」が磁性の担い手であることを直接的に示すデータの取得に成功しました。
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevB.91.140101
Takehito Nakano, Naoki Fukuda, Makoto Seto, Yasuhiro Kobayashi, Ryo Masuda, Yoshitaka Yoda, Mototsugu Mihara, and Yasuo Nozue
"Synchrotron-radiation-based Mössbauer spectroscopy of 40K in antiferromagnetic potassium nanoclusters in sodalite"
Physical Review B 91(14), 140101(R) Published 6 April 2015