飯田敦夫 再生医科学研究所助教、瀬原淳子 同教授、西槇俊之 北里大学医学部技術員らの研究グループは、これまで、魚類の胎生機構の研究は形態や組織の記載に留まり、分子機構まで踏み込んだ解析は未開拓でしたが、メキシコ原産のグーデア科胎生魚を用い、多種多様な真骨魚類の胎生機構の研究を行うことで、胎生に関わる新しい仕組みを解明しました。
本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」誌(電子版)に掲載されることになりました。
研究者からのコメント
私は、ユニークな特徴を持つ生き物を調べることで、形質の多様性から生命機構の本質を理解し、あわよくば人類社会に貢献できる新しい現象や物質を発見することを目標として研究を行っています。
今回の研究では、グーデア科胎生魚という聞き慣れない名前の魚の繁殖・解析に挑戦しました。私自身「鬼が出るか蛇が出るか」なかなか先の読めない試みでしたが、幸運にもユニークで興味深い現象を見い出すことができました。魚類では他にも「ウミタナゴ」や「ヨツメウオ」などが胎生で繁殖することが知られています。彼らは住んでいる環境も分類群もグーデア科とは異なり、進化の道のりで独立して胎生を獲得し、それぞれが独自の仕組みを持っていると予想されます。なぜ彼らは「子供をお腹の中で育ててから産む」という同じ結論に向かったのか? どのような仕組みを保持しているのか? そんな「ふとした疑問」に全力かつ純粋に取り組んでいきたいと考えています。
ポイント
- お腹の中で子供を育てる「胎生」を調べる材料としてグーデア科の胎生魚に着目した。
- グーデア科胎生魚の胎仔は「栄養リボン」を経由して母体から栄養を受け取る。
- 出生後に不要となる「栄養リボン」は、出生前から退縮を開始する。
- 退縮にはアポトーシスと呼ばれる「プログラム細胞死」の機構が働いている。
概要
卵を体内で受精して成長した子供を出産する胎生は、哺乳類で最も普及している繁殖様式です。しかし哺乳類以外の脊椎動物においても、爬虫類、両生類、魚類など幅広い種で胎生種が分布しています。彼らのほとんどは「胎盤」や「臍帯」を使用する哺乳類とは異なる胎生機構を獲得しています。特に真骨魚類では、進化の過程で独立に複数の胎生種が出現したと考えられており、種ごとに異なるユニークな胎生機構を持ちます。しかしこれまで、魚類の胎生機構の研究は形態や組織の記載に留まり、分子機構まで踏み込んだ解析は未開拓でした。
そこで本研究グループは、メキシコ原産のグーデア科胎生魚を用い、多種多様な真骨魚類の胎生機構の一つを研究することを試みました。
まず、グーデア科胎生種であるハイランドカープ( Xenotoca eiseni )を実験室で飼育・繁殖することを試みました。次に胎仔の観察を行いました。胎仔は肛門部に栄養リボン(trophotaenial placenta)という独自の構造物を持ち、母体から分泌された栄養分を吸収して成長すると考えられています。ハイランドカープについても、交尾後2〜4週間の胎仔で栄養リボンが観察されました。しかし、この栄養リボンは出産時には消失していることから、栄養リボンは出産に先立ち、母体内で退縮を開始することが予想されました。
さらに、組織の観察および細胞死マーカーを用いた染色により、栄養リボンではプログラム細胞死(apoptosis)が起こっていることが明らかになりました。これは母体外で不要となる構造物をあらかじめ分解・吸収して、出産に備える機構だと捉えることができます。
図:グーデア科胎生魚ハイランドカープで見られた栄養リボンの退縮
詳しい研究内容について
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/srep07855
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/193211
Atsuo Iida, Toshiyuki Nishimaki & Atsuko Sehara-Fujisawa
"Prenatal regression of the trophotaenial placenta in a viviparous fish, Xenotoca eiseni"
Scientific Reports 5, Article number: 7855 Published 19 January 2015
掲載情報
- 京都新聞(1月20日 28面)、産経新聞(1月20日 28面)、日本経済新聞(1月21日夕刊 14面)および科学新聞(2月13日 2面)に掲載されました。