放射線照射による精子幹細胞のアポトーシス経路を解明 -抗がん剤等のDNAダメージによる男性不妊の回避に期待-

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篠原隆司 医学研究科教授、篠原美都 同助教、森本裕子 同研究員、石井慧 医学部学生、高田穣 放射線生物研究センター教授、石合正道 同准教授、丹羽太貫 福島県立医科大学特命教授(京都大学名誉教授)らの研究グループは、放射線や抗がん剤を用いたがん治療における精子幹細胞のDNAのダメージによって引き起こされる副作用である不妊症について、精子幹細胞におけるDNAダメージはTrp53(p53)-Trp53inp1-Tnfrsf10b(DR5)経路を活性化し、その細胞死を誘導することを明らかにしました。また、この研究成果は、がん治療の際に起こる精子幹細胞の欠損による不妊症の改善に応用できる可能性を示すものです。

本研究成果は、2014年9月18日正午(米国東部時間)発行の科学誌「Stem Cell Reports」に掲載されました。

研究者からのコメント

左から篠原教授、石井医学部学生

精子幹細胞のDNAダメージに対する反応はさまざまに議論されて来ました。今回の研究成果は精子幹細胞の細胞死におけるTrp53の関与を明らかにしただけでなく、精子幹細胞と前駆細胞とではTrp53の下流で細胞死に関与する分子が異なっていることを明らかにしました。

また、この経路の分子を操作することで、抗がん剤治療による不妊の誘発を回避する方法を見出すことができる可能性があることを示唆しています。

概要

最近の抗がん剤治療では小児がんの7割以上の患者が5年以上生存し、このうちの約3割が不妊症となることが知られています。成人の場合は、精子保存法を用いて精子凍結を行うことが可能ですが、未成熟な小児の場合には精子を回収することができないため、抗がん剤による不妊症は深刻な問題です。

古くから精巣はDNAダメージへの感受性が最も高い組織の一つであることは知られていましたが、放射線を含むDNAダメージがどのようにして精子幹細胞の細胞死を誘導するかは明らかになっていませんでした。通常の組織では、「ゲノムの守護神」と呼ばれる Trp53 遺伝子がDNAダメージの際の細胞死に関与するとされていますが、この分子は精子幹細胞の細胞死には影響しないと考えられていました。

そこで本研究グループは、精子幹細胞移植法と培養精子幹細胞(germline stem(GS)細胞)を用いて解析を行いました。精子幹細胞移植法は不妊マウスの精巣に別個体の精巣細胞の移植を行い、そのコロニー形成能を解析するものです。またGS細胞は研究グループが2003年に樹立した細胞で、試験管内で大量に精子幹細胞を増幅することができます。

その結果、精子幹細胞におけるDNAダメージはTrp53(p53)-Trp53inp1-Tnfrsf10b(DR5)経路を活性化し、その細胞死を誘導することを明らかにしました。この経路は分化の進んだ精子前駆細胞で重要となるBbc3(Puma)を介した細胞死の経路とは異なっており、今回の発見は幹細胞と分化決定された前駆細胞が異なった細胞死のメカニズムを利用することを示すものです。


図:緑色のコロニーは精子幹細胞から由来した精子形成を示す。 Tnfrsf10b(DR5)およびTrp53inp1の発現を抑制すると放射線照射後の精子幹細胞の生存が改善する。

詳しい研究内容について

放射線照射による精子幹細胞のアポトーシス経路を解明 -抗がん剤等のDNAダメージによる男性不妊の回避に期待-

書誌情報

[DOI]
http://dx.doi.org/10.1016/j.stemcr.2014.08.006

Kei Ishii, Masamichi Ishiai, Hiroko Morimoto, Mito Kanatsu-Shinohara, Ohtsura Niwa, Minoru Takata, and Takashi Shinohara
"The Trp53-Trp53inp1-Tnfrsf10b Pathway Regulates the Radiation Response of Mouse Spermatogonial Stem Cells"
Stem Cell Reports Vol. 3 Available online 18 September 2014

掲載情報

  • 京都新聞(9月19日 31面)、産経新聞(9月19日 26面)、中日新聞(9月19日 36面)、日刊工業新聞(9月19日 23面)、読売新聞(9月21日 30面)および科学新聞(10月17日 2面)に掲載されました。