2014年8月5日
山中伸弥 iPS細胞研究所(CiRA)教授、高橋和利 同講師、大貫茉里 ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン研究員(元京都大学CiRA所属)らの研究グループは、iPS細胞の樹立過程および分化能に、進化の過程でヒトゲノムに組み込まれた内在性レトロウイルス(HERV-H)が深く関与していることを明らかにしました。
本研究成果は、2014年8月4日(米国東部時間)の週に米国科学誌「PNAS」のオンライン版に掲載される予定です。
研究者からのコメント
初期化やiPS細胞の分化抵抗性のメカニズムを理解する上で、今回の研究は大変意義深いものです。今後の研究で、iPS細胞へのさらなる理解を深めたいと思います。
ポイント
- ヒトのゲノム中には進化の過程で取り込まれたレトロウイルスの塩基配列が含まれている。
- 内在性レトロウイルスの一種HERV-Hの活性化が初期化を促進する。
- KLF4の異常な発現が引き起こすHERV-Hの活性化が、一部のiPS細胞で見られる分化抵抗性の原因である。
- 細胞の初期化における重要なメカニズムの一端を明らかにした。今後、高品質なiPS細胞を高効率で作製できる技術につながると期待される。
概要
初期化因子と呼ばれる遺伝子(OCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYC)を過剰発現させることで、体細胞をiPS細胞へと初期化することができます。しかし、iPS細胞の中には他の細胞へ分化させようとしてもしない、分化能の低いもの(分化抵抗性iPS細胞)や、iPS細胞の多能性をうまく維持できないものもあります。どうしてこのようなiPS細胞が生じるのか、その仕組みについてはよく分かっていませんでした。
今回、本研究グループは、分化抵抗性iPS細胞で特異的に高発現しているHERV-Hの制御配列(LTR7)が、OCT3/4、SOX2、KLF4により初期化の過程で一過性に活性化されていることを見い出しました。そして、初期化の早い時期にLTR7の働きを抑えるとiPS細胞の作製効率が著しく低下することが分かりました。また、LTR7の活性化によりHERV-Hの発現が上昇しますが、その発現は、初期化が完了するとES細胞と同程度まで低下しました。しかし、分化抵抗性iPS細胞ではLTR7が活性化されたままで、LTR7の働きを抑えることにより分化能を取りもどすことがわかりました。
本研究により、ヒト体細胞を初期化し、分化能をもつ上で内在性レトロウイルスが一過性に強く活性化することが重要であることが示されました。細胞の初期化技術に重要なメカニズムの一端を解明したことで、今後、高品質なiPS細胞作製の効率化につながると期待できます。
図:iPS細胞の樹立過程および分化能におけるHERV-Hの役割
ヒト体細胞の初期化において、初期化因子はゲノム上に多く存在するHERV-H LTR7に直接結合することで活性化し、初期化を促進する。完全な初期化にはHERV-Hの活性が適切に抑制されることが必要であり、不完全なHERV-Hの抑制はiPS細胞の分化抵抗性を引き起こす。
詳しい研究内容について
初期化および分化において鍵となるヒト内在性レトロウイルスの働き
書誌情報
[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1413299111
Mari Ohnuki, Koji Tanabe, Kenta Sutou, Ito Teramoto, Yuka Sawamura, Megumi Narita, Michiko Nakamura, Yumie Tokunaga, Masahiro Nakamura, Akira Watanabe, Shinya Yamanaka, and Kazutoshi Takahashi
"Dynamic regulation of human endogenous retroviruses mediates factor-induced reprogramming and differentiation potential"
PNAS, published ahead of print August 5, 2014
掲載情報
- 朝日新聞(8月5日 33面)、京都新聞(8月5日 28面)、産経新聞(8月5日 20面)、中日新聞(8月5日 3面)、日刊工業新聞(8月5日 21面)、日本経済新聞(8月5日 15面)、毎日新聞(8月5日 4面)および読売新聞(8月5日 35面)に掲載されました。