「大学と社会が拓く未来の知」の第7回として、「縛られない「こころ」 -不確かな時代の〈確かさ〉とは」をテーマとして「丸の内 de 夏の大学トーク」を、京都大学東京オフィス(丸の内)にて開催しました。
本イベントは、大学の教育・研究の成果を広く一般の方々と共有することを目的とし、最新の研究成果を書籍の形で社会に発信している京都大学学術出版会との共催、および読売新聞社、活字文化推進会議の後援により、講演と討論の形で実施したもので、約80名の参加がありました。
前半の部では松野さやか 大阪大学非常勤講師が、「ヤスパースと「こころ」の問題」と題して、ドイツの哲学者・精神科医のヤスパースの思想から現代の生きづらさを分析しました。悪の温床になりやすい「こころ」が生み出す現代のいじめなどの問題に、私たちはどう対処すべきか。松野非常勤講師はヤスパースを援用しながら、あるがままの自己(現存在)と理想の自己(実存)の心の二重構造を捉え直し、現存在の自己を実存の自己へと引き上げていくことが大切だ、ということを説きました。
岸見一郎 氏(哲学者・心理学者)は、「アドラーから学ぶ幸福論」をテーマに、ベストセラーである著書の『嫌われる勇気』でも紹介されたアドラー心理学から、いかに自分の人生を人に左右されずに生き抜くのかを考察しました。人からの評価によって自由を妨げられないよう、ありのままの自分を生きるべきだというアドラーは、他者とのつながり(共同体感覚)のなかで、他者に何かを与えることができるということを意識して初めて自己の価値に気づく、それが幸福=即自的に生きることだ、と語りました。
後半の部では、前2名の講演を受けて、冨田恭彦 名誉教授が、ヤスパースとアドラーの同時代性と共通の戦争体験を紹介しました。ナチスによる迫害を逃れアメリカ移住を決断したユダヤ人のアドラーと、強制収容所送りの危機が迫るなかでユダヤ人の妻とともに運命をともにしようと決断したヤスパース、二人の哲学の背景が語られました。
その後、講演者3名で討論を行い、いじめ問題などを通して「悪」というテーマが取り上げられました。いじめや差別は相手の価値を貶めることで相対的に自分の価値を高めることであり、差別する側はそうすることでしか自分の価値を見出せないと分析しました。自己に真の価値を見出すためにも競争原理を脱し、生きていること自体の価値と無限の可能性ある存在の「他者」に気づくことが肝要で、それが悪を乗り越えることにもつながる、という議論がなされました。
最後に、鈴木哲也 京都大学学術出版会専務理事・編集長が閉会の挨拶をし、ヤスパースとアドラー両者に共通する「相互の寛容」性が、現代の政治にも欠けていること、議論は哲学だけでなく政治学など様々な学問につながりうることを指摘して結びました。