このたび、森和俊 理学研究科教授が第106回(平成28年)日本学士院賞ならびに恩賜賞を、西田栄介 生命科学研究科教授、北川進 物質-細胞統合システム拠点長・教授、河内良弘 名誉教授が日本学士院賞を受賞することになりました。日本学士院賞は、学術上特に優れた研究業績に対して贈られるもので、日本の学術賞としては最も権威ある賞です。また、恩賜賞は、日本学士院賞の中から特に優れたものに授与されます。
授賞式は平成28年6月に東京で行われる予定です。
森和俊 理学研究科教授
森和俊 教授は、昭和58年京都大学大学院薬学研究科修士課程修了、昭和60年同大学大学院薬学研究科博士課程退学、同年岐阜薬科大学助手として採用、昭和62年薬学博士(京都大学)を取得、その後、平成元年米国テキサス大学博士研究員、平成5年株式会社エイチ・エス・ピー研究所副主任研究員、平成8年同研究所主任研究員、平成11年京都大学大学院生命科学研究科助教授を経て、平成15年に同大学大学院理学研究科教授に就任し現在に至っています。
今回の日本学士院賞の受賞題目は「小胞体ストレス応答の発見と解明」です。森教授はホルモンやその受容体などのタンパク質が高次構造(立体的な形)を形成する場である細胞内小器官「小胞体」の恒常性がどのように維持されるか、その仕組み(小胞体ストレス応答の分子機構)を解明しました。まず出芽酵母を用いて、小胞体ストレスを感知するセンサー分子IRE1と、その情報を伝える転写因子HAC1を同定し、 HAC1 mRNA前駆体がIRE1からの情報を受けて、スプライシングによりHAC1が産生されるという全く新奇な機構によってIRE1とHAC1の間がつながれていることを見い出しました。次に哺乳動物小胞体ストレス応答の分子機構を解析し、酵母のIRE1-HAC1経路がIRE1-XBP1経路として保存されている上に、ATF6 経路という酵母にはないシグナル伝達経路が存在することを明らかにしました。さらに、ATF6経路がマウスとメダカの初期発生過程において必須の役割を果たしていることを証明しました。森教授の研究は、小胞体ストレスが関与していると考えられている糖尿病、アルツハイマー病、パーキンソン病などのさまざまな疾患の発症機構の解明、予防や治療に道を開くものです。
なお、森教授の卓越した業績に対し、これまでも平成17年第4回ワイリー賞、平成21年カナダガードナー国際賞、平成22年紫綬褒章、平成26年ショウ賞、アルバート・ラスカー基礎医学研究賞、平成27年トムソン・ロイター引用栄誉賞など、多数の賞が授与されています。
西田栄介 生命科学研究科教授
西田栄介 教授は、昭和51年東京大学理学部を卒業後、同大学大学院理学系研究科に進学、同56年理学博士の学位を授与されました。昭和56年4月日本学術振興会奨励研究員、同年6月東京大学理学部助手、平成5年京都大学ウイルス研究所教授、同9年同大学大学院理学研究科教授を経て、同11年同大学大学院生命科学研究科教授に就任し、同17年4月から同21年3月まで生命科学研究科長を務められ、現在に至っています。
今回の日本学士院賞の受賞題目は「MAPキナーゼ並びに関連シグナル伝達経路の分子機構と機能の解明」です。西田教授は細胞の増殖や分化を制御するタンパク質リン酸化酵素、MAPキナーゼを発見し、その作用機構、生理作用を明らかにしました。
細胞の増殖や分化は、増殖因子、分化因子によって制御されています。すなわち、増殖因子や分化因子の刺激が細胞膜上の受容体を介して核に伝わり、遺伝子発現を介して細胞の運命が決定されます。西田教授は、生化学、分子生物学、細胞生物学のテクニックを駆使して、細胞膜から核へのシグナル伝達経路を解析、この経路を担う酵素、MAPキナーゼを同定しました。そして、そのMAPキナーゼの活性化機構、作用機構の解析からタンパク質キナーゼの連鎖反応(カスケード)の存在を見い出し、MAPキナーゼ活性化の分子機構を明らかにしました。ついで、MAPキナーゼの生理作用を解析し、MAPキナーゼによるタンパク質リン酸化が卵母細胞の成熟過程、胚発生における中胚葉の誘導や、動物の寿命の決定に関与していることを見い出しました。
西田教授の卓越した業績に対し、これまでにも平成13年度には日産科学賞、同14年度井上学術賞、同15年度大阪科学賞、同21年度上原賞、同22年度に紫綬褒章および武田医学賞が授与されています。
北川進 物質-細胞統合システム拠点長・教授
北川進 拠点長・教授は、昭和49年京都大学工学部を卒業、同51年同大学大学院工学研究科修士課程を修了し、同博士後期課程に進学、同54年に京都大学工学博士の学位を取得しました。昭和54年4月近畿大学理工学部助手に採用され、同58年4月同講師、同63年4月同助教授、平成4年4月東京都立大学理学部教授を経て、同10年6月京都大学大学院工学研究科教授に就任、同19年10月からは物質-細胞統合システム拠点教授となり副拠点長を併任、同25年1月からは拠点長に就任し、現在に至っています。
今回の日本学士院賞の受賞題目は「多孔性金属錯体の創製と応用に関する研究」であり、北川拠点長・教授は、金属イオンと有機分子の結合を利用することで、ナノメートルサイズの規則的な孔を無数に有する多孔性金属錯体材料の合成および機能の開発に関する研究を行いました。有機分子を用いる多孔性材料は無機材料に比べてもろく、分子、イオンを収容する材料として適さないと信じられていましたが、金属錯体材料は熱や圧力などの物理的刺激に対しても安定しており、実用に適する新しい物質群であることを実証しました。多孔性金属錯体材料は、有機分子と無機イオンの素子の設計と配位結合を制御するだけで簡便に合成でき、細孔の空間構造、形状、機能をナノレベルで自在に精密制御できる材料として認められています。北川教授は独自の多孔性構造の設計指針にもとづき、既存の多孔性材料の性能を凌駕する環境、エネルギー、バイオ課題にかかわる気体分子を低エネルギーで分離、貯蔵する多孔性金属錯体材料を発明しました。この業績は無機・錯体化学はもとより、今日の諸問題(エネルギー、環境、生命)に対し、化学が解決するために取り組むべき新領域の開拓に貢献し、国際的に高く評価されています。
河内良弘 名誉教授
河内良弘 名誉教授は、昭和29年京都大学文学部史学科東洋史学専攻を卒業、昭和34年同大学院博士後期課程を単位取得退学しました。昭和31年天理大学助手、昭和35年同大学講師、昭和43年同大学助教授、昭和48年同大学教授、昭和59年京都大学博士(文学)(学位論文は平成4年に「明代女真史の研究」(同朋舎出版)として公刊)となった後は、昭和60年京都大学文学部教授を経て平成4年に定年退官、京都大学名誉教授の称号を授与されました。後に天理大学教授、平成11年同大学退職、天理大学名誉教授の称号を授与されました。
今回の学士院賞の研究題目は「滿洲語辞典」、すなわち「滿洲語辞典」(松香堂書店、平成26年)の編纂による受賞です。滿洲人はマンチュリア(今日の中国東北部およびロシア領沿海州・アムール州)を原住地とするツングース系の民族です。17世紀に民族名を女真から滿洲に改め、滿洲文字を作成しました。滿洲語は滿洲文字によって記述される言語です。清朝を建国した滿洲人は、中国本土さらにはモンゴル・チベット・東トルキスタンを支配下に収めました。滿洲語は清朝の第一公用語で、官文書はまずは滿洲語で記され、それから漢語に訳されました。近年では「滿文檔案」とよばれる滿洲語の官文書が第一級の研究史料として使われるようになっています。滿洲語の辞典としては、羽田亨(京都帝国大学第12代総長)主編「滿和辞典」(京都帝国大学満蒙調査会、昭和12年)がありましたが、史料読解には不十分なものでした。河内名誉教授は、本田道夫 香川大学経済学部教授の協力を得て、滿洲文字フォントと「滿洲文字入力・編集・印刷システム」を開発し、用例の出典となる史料も、中国第一歴史檔案館において自身で収集しました。こうして二十数年の歳月をかけて完成したのが収録語彙数4万語の「滿洲語辞典」です。語学の習得には辞典・文法書・読本が「三種の神器」とされますが、河内名誉教授は、「滿洲語辞典」に先立ち、文法書として「滿洲語文語文典」(京都大学学術出版会、平成8年、平成14年に「滿洲語文語入門」として改訂)を主編、読本として「内國史院滿文檔案訳註」(松香堂書店、平成22年)を公刊しています。これら一連の業績は世界の滿洲学さらには東洋史学の発展に寄与をする偉業といえます。
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受賞理由等詳細は、 日本学士院のホームページ を参照してください。