退任に当たっての所感(2020年9月30日)

2014年10月に就任して以来、京都大学総長としてこの6年間に取り組んできたことを中心に、退任に当たっての所感を申し述べます。

目指したのは「ボトムアップ型」

私が総長になってまず立てた方針は、「ボトムアップ型でいく」ということでした。自ら先頭で旗を振って人を引っ張るのではなく、私が掲げる理念に基づいていろいろな人にアイデアを出してもらい、私自身はその後押しをする役目を果たそうと考えました。
執行部についても同様で、総長室を廃止し、理事には大きな責任と権限を持っていただくようにしました。2017年6月に国立大学協会会長、同年10月に日本学術会議会長に就任しました(二つの会長を同時に兼任したのは私が初めてだったそうです)。多忙を極めたものの、執行部がうまく機能し、私の不在を補って理事たちがそれぞれの職域で活躍し大きな成果をあげてくれたと思います。

WINDOW構想

大学は社会や世界に通じる「窓」であると位置づけ、「WINDOW構想」を立ち上げました。これは、目標や指標ではなく、みんなで共有するための方向性を示したものです。
また、私はよく「大学はジャングルである」という言葉を口にしました。多種多彩な人・考え方があり、それぞれが交流し共存する中で常に新しい発想が紡ぎ出されていくような大学にしたいとの思いがあったからです。
これらの理念を達成するために「おもろいことをやろう」と言い続けたわけです。京都大学が創立以来大切にしてきた自由や独創性にとって、ほかの人が思いつかないおもろい発想やそれを「おもろいな」と楽しめる精神が欠かせないからです。
私の声にこたえて、多くの教職員がアイデアを出してくれました。「京大生チャレンジコンテスト(SPEC)」、「おもろチャレンジ」などです。本学卒業生の財界トップからなる鼎会の支援もいただきました。芸術系学部のない本学でも何かアートでユニークな活動ができないかという声から始まった「京大おもろトーク:アートな京大を目指して」は、今の「京大変人講座」へとつながります。こうした活動は、京都大学の奥行きの広さを示す活動になっていると思います。

国際化、産官学連携、研究力強化

人や知のネットワークづくりのために海外拠点の整備や同窓会の設立にも力を入れました。欧州、ASEAN、北米に加えてアフリカオフィスを設置し、地域の特性を生かした活動が展開できていると思います。2017年には私の念願だったアフリカ同窓会も設立されました。対話を根幹とした自由の学風を育んできた本学にとって、同窓会は大切な“つながりの場”。世界各地で活躍する同窓生のネットワークを強固にすることが、「地球社会の調和ある共存に貢献する」という京都大学の基本理念の実現にもつながるはずです。
産官学連携でも、担当理事の目覚ましい働きもありベンチャー投資会社や事業子会社を次々と設立しました。京大発ベンチャーの特徴は分野が幅広いこと。在学中に起業する人も増えていますし、今後の展開に期待しています。
研究力強化に貢献してくれているのが、2016年に設置した高等研究院です。研究分野を問わず、本庶先生をはじめ国際的に極めて顕著な功績のある教員が所属し最先端研究を持続的に展開しています。また、日本社会にもっと数学力を定着させる契機としたいと考え、フィールズ賞を受賞した偉大な数学者である森重文先生を研究院長として数学を本学の看板としたいと考えました。
2017年に指定国立大学法人に指定された際、本学は人文・社会科学系の学問をけん引するというミッションを受けました。以来、「人社未来形発信ユニット」を設置し、他大学に類を見ない人文・社会科学の英知の集積から文理の壁を超える新しい学問分野の構築に取り組みました。こうした研究力強化の活動も成果をあげていると思います。

京都大学の未来に向けて

私が最近よく言うのは「これまでは『Think globally act locally』であったが、これから必要なのは『Think locally act globally』だ」ということです。世界が一元化された超情報化社会は便利である反面、個性が失われていきます。今こそ見直すべきは「地域」ではないでしょうか。地域にある多様な自然や文化に合った暮らしをするほうが、人間にとっては幸福に向かう道なのかもしれません。そういう意味では、京都大学も世界に打って出る研究型大学であると同時に、京都に根差した大学としての個性も伸ばしていかねばなりません。
今まさに、新型コロナウイルス感染症拡大により全世界が脅威にさらされ、グローバル化や都市集中型では立ち行かない事態に直面しています。地域も自立できるシステムがオルタナティブ(代案)として担保されなければ人類は生き残れないかもしれません。大学には、来たる危機に備えるための知恵を生み出す重大な責務があることを忘れないでいただきたいと思います。
京都大学の基本理念は「対話を根幹とした自学自習」です。今は直接の対話が難しくなっていますが、学生の皆さんにはITを駆使して対話を続け、自学自習に励んでほしいと思います。この理念の意味するところは、自分一人で学ぶのではなく、人と交流しながら自らが得た知識や経験を共有し、それをあらゆる視点から検証し、独創性や創造性を「おもろいね」と支持してあげる。そうした「対話」をもとに自分で学んでいくということです。いわばダイアローグです。自分の考えを相手に認めさせるディベートとは異なり、対話の前と後で自分の考えが変わっていなければ意味がありません。どのような状況になっても京都大学の本質は一切変わっていないと申し上げ、結びとさせていただきます。

令和2年9月30日

京都大学総長
山極 壽一