平成14年3月25日
今日ここに博士の学位を得られた皆さん、まことにおめでとうございます。ご列席の各研究科長をはじめ、京都大学のすべての教官と共に、皆さんの学位取得に対して心から祝福致します。今回は課程博士454名、論文博士84名、合計538名でしたが、本年度一年間を通じますと課程博士626名、論文博士261名、合計887名となります。京都大学は日本の代表的な大学院重点化大学、研究中心大学でありますが、このように毎年大勢の博士授与者を出し、しかも年々その数が増加しているということは、まことに喜ばしいことであります。
皆さんの研究は、それぞれの学問研究分野の流れの中に明確な刻印を打ち、その学問、研究分野の発展にはっきりした寄与をしたものであると存じます。それは、課題の発見と設定、その課題の解決、そのための新しい方法論の確立など、どの部分をとっても皆さんの創意工夫、独創性の結果であり、創造の苦しみを味わったに相違ありません。
その苦しみが大きければ大きいほど、困難を突破したときの喜びも大きいのであり、今日はその喜びをかみしめておられることと存じます。研究におけるこの喜びは何物にも代えがたいものであり、この喜びこそ研究者のもつ特権であると言うことができるでしょう。こうして皆さんは、それぞれの困難な壁を突き破って新しい世界を切り開いたからこそ、京都大学博士という名誉ある称号を得ることができ、はっきりとした自信を持って社会に出てゆくことができるのであります。
だからといって自信過剰になってはいけません。今日博士の称号を受けたほとんどの方は課程博士であり、これまでずっと大学という特別な環境の中で過ごしてきたのであります。これからいよいよ社会に出てゆくわけですが、企業社会の文化や、人間関係は大学のものとは全く違います。学問や論理がすんなりと通り、受け入れられるには社会はあまりにも複雑すぎます。皆さんが大学院の研究で達成したこと、あるいは大学で得た学問・知識を現実の世界に適用するためには、大変な努力が必要であるという覚悟をすることが必要であります。
アメリカの19世紀の詩人エミリ・ディキンソンは面白い詩を残しています。
真実をそっくり語りなさい。しかし斜めに語りなさい-
成功はまわり道にあります。
私たちのひ弱な喜びには明るすぎます
真実のもつ至高の驚きは。
丁寧に説明すると
子供たちも稲光りが怖くなくなるように
真実はゆっくりと輝くのがよいのです
さもないと誰もかも目がつぶれてしまいます。
エミリ・ディキンソン,亀井俊介訳;岩波文庫 ディキンソン詩集159頁
ほんとうに、新しい発見、新しい概念といったものは、すぐには社会に理解されません。そこで焦ったり怒ったりせず、時間をかけて辛抱強く説明し、またそれをわかりやすい形に敷衍する努力が必要であります。これは研究成果だけについて言えることではありません。企業内で新しいプロジェクトを立ち上げようとする時なども同じであります。上司にそのプロジェクトの意義や重要性を説明しても、最初からそれを了承してくれる上司はほとんどありません。内容が理解できても、こういった場合にはどうだ、ああいった場合には社会は受け入れないのではないかといった具合に、いろんな異論を出し、まるでその提案をつぶそうとしているのではないかとさえ思うことがよくあるのです。しかしそういった場合にも落胆せず、絶対にやるべきプロジェクトであれば、時間をかけて説明し、相手を理解させる努力をするべきであります。
上司はプロジェクトの内容と共に、必ずプロジェクトを成功に導くという提案者の持つ熱意と自信と気力、その注意深さなど、要するに提案者の人間を見ていることが多いのです。誰でもできるようなプロジェクトでは意味がなく、成功させるという熱意と気迫を持った者だけが実現できるプロジェクトだからこそ、やる価値があるというわけであります。
社会に出れば、皆さんの持つ知識や研究能力が試されるだけではありません。皆さんの人間が試され、試練を受けるのであります。英語の有名なことわざ、
Adversity makes a man wise.
は、日本でも
艱難汝を玉にす
と訳され、よく知られています。
近年のイタリアの詩人ジュゼッペ・ウンガレッティの詩にも
これがセーヌ河
あの混濁のなかで
おれは掻きまわされ
自分を知った
ジュゼッペ・ウンガレッティ,須賀敦子訳;青土社 イタリアの詩人たち43頁
というのがあります。パリへ行って苦労し、自分を発見したことを述べたものでありましょう。いずれも困難を正面から受け止め、それを乗り越える努力をすることが大切であることを意味しており、これを逃れようとしたり、拒否したりする人は成長することできません。
皆さんの京都大学博士取得と社会への門出をお祝いして、最後にロングフェローの人生の讃歌の一節をお送りいたします。
楽しみも、悲しみも、
吾らの定められた行手でなく道でもない、
明日ごとに今日よりも進んだ吾らになるよう
行動することこそ、吾らの目的だ、道だ。
・・・・・
・・・・・
されば起って活動しようではないか、
いかなる運命にもむかう意気をもって。
絶えず成し遂げつつ、絶えず追い求めつつ、
労働して待つあることを学ぼうではないか。
ロングフェロー,大和資雄訳;平凡社 世界の名詩260頁