直線型からジグザグ型へ 高い電荷移動度を示す高分子材料の開発に成功

直線型からジグザグ型へ 高い電荷移動度を示す高分子材料の開発に成功

2012年4月10日


左から寺尾准教授、辻教授

寺尾潤 工学研究科准教授、辻康之 同教授、多田朋史 東京工業大学元素戦略研究センター准教授、関修平 大阪大学大学院工学研究科教授らの研究グループは共同で、π共役ポリマーのπ共役鎖を直線型からジグザグ型に変更することにより、高い電荷移動度を示す高分子材料の開発に成功しました。この新しい高分子材料の設計指針をさらに推し進めることにより、実用的な有機半導体材料および分子エレクトロニクス分野における配線素子としての応用が期待されます。

 本研究成果は、2013年4月9日(ロンドン時間)に英国Nature Publishing GroupのNature communicationsのオンライン速報版で公開されました。

研究の背景

 現代の情報化社会を支える基盤となっている電子素子は、言うまでもなくシリコンを中心とした無機半導体材料です。これまでの半導体素子の材料開発を概観してみると、化合物半導体・酸化物半導体材料の新規参入を受け続けながらも、常にその中心にはシリコンが存在し続けています。一方、主に炭素からなる有機半導体材料は、デバイス特性ではシリコンなどの無機材料に比べて劣るものの、軽量、大面積、フレキシブル、印刷が可能などの特徴から電子ペーパーやフレキシブル・ディスプレイなどのユニークな用途が拓けると期待されています。特に、「電気を流すプラスチック」として知られるπ共役ポリマーは、低分子有機化合物に比べて、溶液からの塗布工程に向くという利点があり、インクジェットや輪転機などの印刷プロセスが適応できることから、低コスト化が容易になると注目されています。しかしながら、半導体材料において最も重要な物性指標であるキャリア輸送特性を支配する電荷移動度がシリコン系半導体材料と比較可能なレベルに達していないことが、高分子系半導体材料開発における最大の課題であり、高い電荷移動度を示す材料の開発が強く求められています。

研究手法・成果

 本研究では、高分子系半導体材料の主要な電荷移動過程であるポリマー鎖間ではなく、より効率的なポリマー鎖内での電荷移動を利用するため、ポリマー鎖を絶縁性の環状分子であるシクロデキストリン誘導体により被覆しました。これによりアモルファスシリコンに匹敵する高い電荷移動度(0.7cm2V-1s-1)を有する直線状の被覆型ポリマーの開発に成功しました。しかし、実際に素子を使用する室温領域では、熱によるポリマー鎖の「ゆらぎ」が大きな問題となり、これを効果的に抑え込むことが難しいことがわかりました。

 そこでより効率的なポリマー鎖内での電荷移動を行うためには、ポリマーの分子軌道をあえて局在化させてこれを規則正しく並べると同時に、エネルギーの高さを等価にすることで、熱エネルギーの助けを借りて踏み石を飛ぶように移動する「ホッピング」移動を効率的に行わせることが可能ではないかと考えました。このアイデアに基づき、被覆されたポリマー主鎖に規則正しく折れ曲がり部位を導入し、主鎖骨格を直線型からジグザグ型に変更することにより、電荷移動度を大幅に向上させることに成功しました。

 さらに、折れ曲がり部位の距離を広げることにより、電荷移動度がさらに向上し、時間分解マイクロ波伝導度測定により、ホッピング伝導の上限値に迫る8.5cm2V-1s-1を示しました。このことは東京工業大学の多田准教授らの研究グループと協力することで、時間依存型の量子力学計算から予測される移動度の主鎖骨格依存性と整合しており、ジグザグ型主鎖骨格に起因する規則正しい整列と局在化した分子軌道群が移動度の向上に最も重要であったことを明らかにしました(図)。


図:直線状およびジグザグ状被覆型π共役ポリマーの構造と移動度の関係

今後の予定

 本研究により、π共役ポリマーの主鎖を高密度に被覆し、分子軌道を規則的に局在化することが、高い電荷移動度の達成に有効であることが示されました。今後は、本手法をよりπ共役系が拡張された主鎖構造に適応することで、より高い電荷移動特性を有するπ共役ポリマーの創成が期待されます。得られた被覆型π共役ポリマーは有機エレクトロニクス分野における半導体材料のみならず、分子デバイスの配線素子としての利用も期待されます。

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

  • 研究代表者 寺尾潤 工学研究科准教授
  • 独立行政法人日本学術振興会 先端研究助成基金助成金(最先端・次世代研究開発支援プログラム)
  • 研究課題名 「合成化学的手法による次世代型ナノエレクトロニクス素子の作成」

  • 研究代表者 関修平 大阪大学大学院工学研究科教授
  • 独立行政法人日本学術振興会 先端研究助成基金助成金(最先端・次世代研究開発支援プログラム)
  • 研究課題名 「全有機分子サイリスタ・ソレノイドのデザインと実証」

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/ncomms2707

論文名

Design principle for increasing charge mobility of π-conjugated polymers using regularly localized molecular orbitals
(分子軌道の規則的な局在化によるπ共役ポリマーの移動度向上の設計指針)

著者

Jun Terao, Akihisa Wadahama, Akitoshi Matono, Tomofumi Tada, Satoshi Watanabe, Shu Seki, Tetsuaki Fujihara, Yasushi Tsuji

ジャーナル名

Nature Communications, 4, 2013, 1691 (9 pages).

  • 京都新聞(4月10日 25面)および日刊工業新聞(4月10日 23面)に掲載されました。