2013年9月26日
野田教授(中央)、渡邉明佳 浜松ホトニクス株式会社中央研究所材料研究室専任部員(左)、杉山貴浩 同室員(右)
野田進 工学研究科教授(光・電子理工学教育研究センター長)と、浜松ホトニクス株式会社らのグループは、高出力で高ビーム品質、単一スペクトル、ビーム広がりの抑制を同時に実現する、従来の概念を越えた次世代型レーザー光源とも言うべき、フォトニック結晶レーザーの実用化に、世界に先駆けて成功しました。来年春には、各種用途(例:直接レーザー微細加工用光源、各種励起用光源、プロジェクター用の波長変換用基本波光源、センシングや計測用光源、位置検出、測距イメージセンサ、プロファイル測定、モーションセンサなどの用途)に向けて、浜松ホトニクス株式会社から国内外の各種装置メーカーにサンプル出荷を開始する予定です。
開発の背景と意義
一般に、レーザーは、DVD・ブルーレイディスク等の光記録や、光ファイバーを用いた通信、さらには、車体等の金属加工をはじめとするものづくりやレーザーメスなどの医療用途など、われわれの生活を豊かにする先端技術として広く応用されています。中でも、光記録や光ファイバー通信において必要となるレーザーの出力は、ミリワット(千分の1ワット)程度と小さくて良いため、出力は小さいものの小型かつ低消費電力で安価な半導体レーザーが用いられています。しかし、各種金属・材料加工などのものづくり用途においては、極めて高い出力かつ高光密度が求められるため、半導体レーザーでは対応できす、大がかりな気体レーザーや固体レーザー、ファイバ・レーザーが用いられています。金属・材料加工におけるレーザーの需要は大きいことから、小型・安価・低消費電力である半導体レーザー単体で、高出力化・高光密度化を実現することは、我が国のものづくりの現場へ高品質な高出力レーザーを安価・安定に提供できるという意味で、ものづくりプロセスを一変させる可能性を秘めています。最終的には、ほぼすべてのレーザー光源を半導体レーザーに置き換えることが出来る可能性を持つことからも、その波及効果は極めて大きいと言えます。
一般に、半導体レーザーで高出力を得るためには、その発光面積を大きくしていくことが重要ですが、発光面積を大きくすると、レーザーから出射されるビームの形状が、単峰ではなくなり、多峰化するため、ビーム品質が極端に悪くなってしまいます。そのために、光出力が増大しても、高光密度化を図ることは困難でした。この点が、半導体レーザーが発明されてから、現在に至るまでの大きな課題であったと言えます。
1999年に、野田教授のグループは、フォトニック結晶と呼ばれる人工的な光ナノ構造を用いることで、ビーム品質を劣化させることなく、半導体レーザーの高出力化が可能になりうるという基本概念を提案するとともに、その基本実証に成功しました。その後、デバイス物理の詳細な理解と、性能向上へのフィードバック、さらには、出力ビームの偏光状態の制御やビーム形状の制御、短波長化による青紫色への展開、さらには、ビーム走査機能の付加など、新たな可能性・機能性を次々と実現してきました。この間、多くの企業との産学連携研究を積極的に推進することで、高出力で高ビーム品質、単一スペクトル、高機能性を同時に実現する、従来の半導体レーザーの概念を越えた、「フォトニック結晶レーザー」の具現化と実用化に向けた取り組みを積極的に進めてきました。
その中でも、本学と浜松ホトニクス株式会社は、2007年度より、特に、デバイスの特性・信頼性向上の要となる、フォトニック結晶の形成法(有機金属気層成長法)に関して、連携開発を進めてきました。その結果、フォトニック結晶構造を、レーザー内部の不要欠陥を極力抑えた状態で、形成することが可能となるとともに、形成されたフォトニック結晶構造も、高出力化に適した構造となり、上述の優れた特性をもつ「フォトニック結晶レーザー」の実用化に世界に先駆けて成功しました。これは、大学から生み出された新しい基本概念に基づくデバイスを、産学連携を通じて、実際に製品化までに導くことに成功したことを意味し、所謂、基礎研究から製品化の間にまたがる「死の谷」を超えることができた重要な成果と言えます。今回の製品は、その光出力が、0.2W(CW)クラスのものですが、この成功を契機に今後高度化を進め、1~10W、さらには100W超の出力をもつフォトニック結晶レーザーの製品化を目指すという意味で、重要な一歩が達成されたと言えます。
デバイスの構造、原理、特性
フォトニック結晶レーザーの構造
基本構造は、図1に示すように、電子と正孔が結合して光を出し、増幅する活性層近傍に、フォトニック結晶を配置し、活性層に閉じ込められた光がフォトニック結晶の共振、回折効果を受けるように構成します。本開発品は、出力を増大させるためにフォトニック結晶構造を最適化し、フォトニック結晶を形成後、有機金属気相成長法によりエピタキシャル成長することで素子の信頼性を向上させています。
図1:フォトニック結晶レーザーの構造図
実用化したフォトニック結晶レーザーの素子構造および結晶構造。活性層とクラッド層の間にフォトニック結晶を形成し、エピタキシャル成長させる。
発振原理
フォトニック結晶の内部では、周期的な屈折率分布の存在により、特定波長の光が特定の方向に対してフォトニック結晶面全体に定在します。本開発品は、フォトニック結晶が正方格子構造を有し、格子点の間隔(周期)が活性層の発光波長の長さと一致するように設定されています。正方格子の辺方向を伝搬する光は、逆方向のマイナス180度方向へ回折されるとともに、マイナス90度および90度方向にも回折を受け、結果として、四つの等価な方向に伝搬する光が互いに結合し合うことにより、特定の波長と方向を持つ光波のみが安定に存在し、2次元共振器が形成されます。これは、フォトニック結晶のバンド端における光の群速度零効果による定在波状態を利用したもので、その結果、2次元大面積共振作用が得られます。
さらに、フォトニック結晶により、結晶面に垂直な方向へも回折が生じるため、面発光出力が得られます。従来の面発光機能をもつレーザーは、通常の端面出射型半導体レーザー同様、発光面積が広くなると、単峰性が崩れ、多峰性発振となりビーム品質が著しく劣化しますが、本開発品はフォトニック結晶共振器により、安定な単峰ビームの発振が可能となり、ビーム品質は極めて優れたものとなっています。
図2:フォトニック結晶の回折状態
フォトニック結晶レーザー素子内で生じている、正方格子フォトニック結晶の回折状態。四つの等価な方向に伝搬する光が互いに結合し合うことにより、特定の波長と方向を持つ光波のみが安定に存在していることが分かる。
高出力・高ビーム品質動作、単一スペクトル、狭ビーム広がり
上述のように、従来の半導体レーザーでは、発光面積を大きくすると、ビーム品質が劣化し、発振が不安定となりますが、本開発品は、フォトニック結晶により、大きな発光面積においても安定なレーザー発振が可能となるため、単一スペクトル、高ビーム品質動作での大出力化が可能となります。具体的には、本開発品は、ビーム品質を示す、M2と呼ばれる値が、理想的な値1に近い1.1が得られました。従来の半導体レーザーのM2が、面積を大きくした場合、10を超えることを考えると、この1.1という値は、極めて優れた特性を持つことを意味します。
さらに、発振スペクトルも波長半値全幅が測定分解能の1nm以下であり、高いコヒーレンス特性を有しています。大きな面積でコヒーレント動作をするため、ビーム広がり角も1度以下と極めて狭くなり、レンズフリー動作も可能となります。ビーム形状も、フォトニック結晶の格子点形状の制御により、きれいな円形となっています。
図3:従来型半導体レーザーとのビームパターン比較図
フォトニック結晶レーザーと従来型半導体レーザーのビーム形状を示す概略模式図であり、本素子がビーム広がり角1度未満の高ビーム品質を有していることを示している。
図4:フォトニック結晶レーザーのビームパターンと波長特性
フォトニック結晶レーザーが円形狭放射の高品質光ビームパターン、単一波長動作を同時に実現していることを示している。
図5:開発したフォトニック結晶レーザー素子
開発したフォトニック結晶レーザー素子を、ベース材料へ組立てた後の写真。素子のサイズはボールペンの先程度のサイズであることが分かる。
開発デバイスに関するまとめ
本開発品は、フォトニック結晶効果により、広い発光面積を持ちながら高ビーム品質・単一スペクトルで面発光の高出力動作が可能となり、高密度光が得られます。基本構造そのものは通常の半導体レーザーと類似しているため、フォトニック結晶構造を活性層近傍に形成するだけで容易に作製でき、信頼性も高いと言えます。また、放射ビームがほとんど広がらないため、集光レンズ系の簡素化、ファイバーへの高い結合効率が可能です。さらに、フォトニック結晶形成後は、エピタキシャル成長により素子を完成させるため、低欠陥で高い信頼性が得られます。これらにより、レーザー装置の低価格化と小型化、高信頼性を実現します。
まず、世に出す製品としては、光出力が0.2W(CW)クラスで、波長としては1060nm帯、980nm帯、940nm帯の3種類を予定しています。
用途としては、直接レーザー微細加工用光源、各種励起用光源、プロジェクター用の波長変換用基本波光源、センシングや計測用光源、位置検出、測距イメージセンサ、プロファイル測定、モーションセンサなどに応用していきます。将来的に、さらに光出力が増大すると、車体などの金属加工など、さらに広範なものづくりの現場にも応用可能になると考えられます
高品質かつ高出力なレーザーを、小型かつ低コストで導入できる環境が整うことで、我が国におけるものづくり現場でのレーザーの導入を推し進め、製造ラインの全自動化や、従来をはるかに超える性能精度での材料加工等の実現や新しい光技術分野への展開が期待されます。
本開発に際し、科学技術振機構(JST)戦略的創造研究推進事業CRESTプログラム、文部科学省最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム等などの支援を受けました。
用語解説
フォトニック結晶
光波長程度の寸法で、2次元的および3次元的な周期的な屈折率分布をもつ光ナノ構造。さまざまな光制御機能をもたせることが可能
CW
連続的に電流を流し、常に光出力が得られる状態を意味する。
共振・回折
光波長程度の周期的構造が存在することに起因して、特定の方向に進む光が、それとは異なる方向に進む現象を回折といい、また、複数の異なる方向に回折された光が互いに重なり合い、一つの安定した光の状態を作り上げる現象を共振という。
エピタキシャル成長
基板となる結晶の上に結晶面の揃った高品質結晶を成長する方法
群速度零効果
フォトニック結晶の効果により、光が回折・共振し、一つの定在波状態を形成することをここでは群速度零効果と呼んでいる(上記「共振・回折」参照)。一般には、光が一か所に留まり光エネルギーが伝搬しなくなる現象を群速度零効果と呼ぶ。
関連リンク
出力ビームの偏光状態の制御
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20010810/index.html
ビーム形状の制御
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20060622/index.html
青紫色への展開
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20071221/index.html
ビーム走査機能の付加
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20100503/index.html
- 京都新聞(9月26日夕刊 10面)、中日新聞 (9月27日静岡版 9面)、日刊工業新聞(9月27日 33面)、日本経済新聞(9月27日 15面)、静岡新聞 (9月27日静岡版 25面)および日経産業新聞(9月27日 9面)に掲載されました。