固体物理学における四半世紀の謎「隠れた秩序」の発現機構を解明

固体物理学における四半世紀の謎「隠れた秩序」の発現機構を解明

2012年6月4日


池田助教

  池田浩章 理学研究科助教、芝内孝禎 同准教授、松田祐司 同教授、有田亮太郎 東京大学大学院工学系研究科准教授、鈴木通人 日本原子力研究開発機構研究員、瀧本哲也 韓国APCTPグループリーダーらの研究グループは共同で、固体物理学における長年の未解決問題であるウラン化合物の「隠れた秩序」状態が、どのようにして発現するのか、その発現機構を理論的に解明しました。この成果は、歴史的難問を解決に導くとともに、そこで得られた新奇な電子状態は、物質の状態に対する新しい理解を与えます。また、本研究で開発した数値計算の方法は、物質の電子状態を探る新しい手段として、新物質の開発や物性予測にも役立つことが期待されます。

 本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Physics」電子版に掲載されました。

研究の背景と経緯

 物質の状態は、固体、液体、気体などに代表される一つの均一な状態(相)で特徴づけられ、温度などの外部環境の変化に応じて、異なる相に変化します。この状態間の変化が「相転移」とよばれる現象で、自然科学における中心的な研究テーマの一つす。例えば水が氷になるのは、低温で水分子が規則正しく整列することによるもので、相転移の一種です。このように物質は相転移により乱雑な状態から整列した状態(秩序状態)に変化します。物質中に多数存在する電子は、電気を運ぶ担い手であると同時に、磁石としての性質(スピンと呼ばれる)ももっており、その電子の集団は、磁石になったり超伝導になったりと様々な興味深い相転移を示します。

 1985年、本研究の対象物質であるウラン化合物URu2Si2において、17.5K(約マイナス256度)という低温で、新しい相転移が発見されました(図1)。当初、類似の化合物でよく見られる磁気的な相転移、つまりスピンが規則正しく整列した状態への転移が考えられましたが、その後の精密な研究からその可能性は否定されました。それ以降、世界中の研究グループによる25年以上にもわたる膨大な研究にもかかわらず、「何が秩序を持った状態になったのか」という相転移の本質が未解決のまま、「隠れた秩序」と呼ばれる謎とされてきました。こうして、その解明は固体物理学(物質科学)の重要課題となっていました。


図1 圧力—温度相図。矢印に沿って、「隠れた秩序」状態に相転移

研究の内容

 今回、研究グループは、第一原理バンド計算に基づいて、あらゆる応答関数を理論的に評価することで、32極子という非常に高次の多極子が秩序化した状態が「隠れた秩序」の正体であることを明らかにしました。

 物質中の電子状態は、水や氷のように実際に触って確かめることができないため、外から強い光を当てたり、磁場を加えたりしたときの応答を見て、間接的にその状態の情報を集めることになります。それが、応答関数と呼ばれるものであり、これを調べることで物質がどのような相転移を起こしうるのかが分かります。しかし、現実の複雑な物質において、応答関数を理論的に評価するのは至難の業であり、これまでは、ごく簡単な物質でしか、そのような解析はなされてきませんでした。本研究グループは、その複雑なバンド構造(物質中の電子状態)を電子の軌道に分解する手法を用いることで、現実的なバンド構造に基づいて応答関数を計算する手法を開発(図2)し、それを用いて、URu2Si2において考えうる様々な応答関数を計算することに初めて成功しました。その結果、得られたのが32極子という非常に高次の多極子秩序です。


図2 電子状態を軌道分解して得られた無秩序相におけるフェルミ面
(Nature Physics論文Fig.1から抜粋)

 一般に、物質中の電子は、電荷とスピン以外にも、軌道(波動関数の形)の自由度を持ち得ます。ウランのような重い原子では、この軌道とスピンが強く結びついており、多極子といわれるものを形成します。これには、通常の磁石と同じ振る舞いを示す磁気双極子、電荷が+-+-と変化するような電気四極子などが含まれますが、ここで現れた32極子は、ミクロな磁石が5つ結びついたような状態です(図3)。このような新奇な状態を捉えるには、かなり注意深い高精度の測定が必要であり、既存の測定方法で見つけにくいのは自然なことであったと考えられます。


図3 多極子の例。左から、双極子、8極子、32極子。色は磁石のN極、S極に対応

 ごく最近、研究グループの一部、芝内、松田、池田らは、精密な磁化測定とその解析から、「隠れた秩序」状態では面内が等方的でなく、液晶のように方向性をもった (ネマティックな)電子状態であることを突き止めました[1]が、ここで得られた32極子の秩序状態(図4)は、この結果とも整合しています。

図4 「隠れた秩序」状態(左)と磁気双極子秩序(右)の模式図。左図では32極子が、右図では双極子が規則的に整列しているのが分かる。

今後の展開

 これまで、「隠れた秩序」を説明するため、様々な理論が提唱されてきましたが、そのすべてが、既存の実験結果に依拠する手法を取ってきました。一方、我々の取った手法は、第一原理バンド計算に基づくもので、既存の実験結果とは完全に独立であるにもかかわらず、様々な実験結果を総合的に説明し、非常に説得力のある結果となっています。このような、高次の多極子の整列した秩序状態を現実の物質が取り得ることは驚くべきことであり、現実の物質が、これまで想像されてきたものよりも、さらに多様な状態を取り得ることを示しています。本研究で得られたこの新奇な電子状態は、物質の電子状態に対する新しい知見を与え、また、さらに低温(1.5 K)において出現する超伝導の発現機構の解明にも役立つと考えられます。

 さらに、本研究を通して発展させられた数値計算の手法は、一般の物質において電子状態を探るための新しい手だてであり、新物質の開発や物性予測等にも役立つことが期待されます。

本研究は、文部科学省新学術領域研究「重い電子系の形成と秩序化」、グローバルCOE「普遍性と創発性が紡ぐ次世代物理学」、科学研究費補助金の助成を受けました。

用語解説

第一原理バンド計算

実験結果に依らないで、物質の電子状態(例えば、金属か? 絶縁体か?)を予測するための非経験的計算手法あり、電子状態を考える上での基礎を与える。

参考文献

[1] R.Okazaki, T.Shibauchi, H.J.Shi, Y.Haga, T.D.Matsuda, E.Yamamoto, Y. Onuki, H.Ikeda, and Y.Matsuda, Science 28 (2011) 439-442,
DOI: 10.1126/science.1197358

 

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nphys2330

"Emergent rank-5 nematic order in URu2Si2"
(URu2Si2に現れたランク5のネマティック秩序)
Hiroaki Ikeda1, Michi-To Suzuki2, Ryotaro Arita3, Tetsuya Takimoto4, Takasada Shibauchi1 & Yuji Matsuda1
1理学研究科 2日本原子力開発研究機構 3東京大学物理工学研究科 4韓国APCTP
Published online: Nature Physics. 03 June 2012 doi:10.1038/nphys2330

 

  • 京都新聞(6月4日 20面)に掲載されました。