休眠しやすさの違いが維持する遺伝的多様性―異なる日長応答によるミジンコ2遺伝子型の共存―

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 限られた資源をめぐって競争しているにもかかわらず、生物多様性がどのように維持されているのか、という問題は、生態学・進化生物学における重要な研究課題です。植物の種子やプランクトンの休眠卵といった休眠ステージは、変動環境で競争を緩和するストレージ効果という共存機構を促進することが知られています。これまでのストレージ効果についての研究では、休眠から覚めるタイミングの重要性が示されてきた一方で、休眠を始めるタイミングについてはあまり注目されてきませんでした。

 大竹裕里恵 生態学研究センター助教(研究当時:東京大学博士課程学生)、山道真人 国立遺伝学研究所准教授(研究当時:オーストラリア・クイーンズランド大学(University of Queensland)上級講師)、吉田丈人 東京大学教授(研究当時:同准教授)、同修士課程学生2名からなる研究グループは、ミジンコ(Daphnia pulex)の種内の遺伝的多様性に着眼し、休眠を始めるタイミングに種内で違いがあるかを調べ、それが遺伝子型の共存に寄与するか検証を行いました。同グループは、長野県阿南町の深見池から得られたミジンコの2つの遺伝子型を用いて、培養実験と数理モデルのアプローチからこの検証を試みました。実験の結果、日照時間の長さに反応して休眠を始めるタイミングに違いがあり、「昼が短くなるとすぐ休眠し始める遺伝子型」と、「昼が短くなってもなかなか休眠しない代わりに、単為生殖で数を増やす遺伝子型」が見られました。さらに、数理モデルのシミュレーションにより、冬の訪れが早い年には前者が、遅い年には後者が有利になることでストレージ効果が促進され、休眠を始めるタイミングの違いが2つの遺伝子型の安定共存を可能にすることがわかりました。以上から、従来着眼されていた休眠から覚めるタイミングと同様に、休眠を始めるタイミングも生物多様性の維持に貢献する仕組みとして重要であることが示されました。

 本研究成果は、2024年2月14日に、国際学術誌「Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences」に掲載されました。

冬の訪れるタイミングが年ごとに変動することで、2遺伝子型の残せる休眠卵量と競争優位性が変動し、共存が可能になる。
冬の訪れるタイミングが年ごとに変動することで、2遺伝子型の残せる休眠卵量と競争優位性が変動し、共存が可能になる。
研究者のコメント

「ミジンコは、湖沼生態系の食物網において一次生産者と高次消費者を繋ぐ重要な生物であると同時に、飼育や採集が容易なことやクローン繁殖により同じ遺伝子型の個体を得やすいことなど、生態学や進化生物学の研究上の利点が多い生物です。そのため、これまでも多くの生態学や進化生物学の研究が行われてきましたが、多くの新しい発見はさらなる疑問を生み出してきました。今回の研究は、これまでは異なる種間で実証されることの多かった生活史の違いによる共存の促進が、種内の遺伝的多様性の維持にとっても重要であることを示した点でも面白い研究でした。また、一度休眠卵を産んだミジンコの個体でも次の抱卵では単為生殖卵を産むことを実験で観測し、ミジンコの柔軟な繁殖様式が確認できた点も面白かったです。」(大竹裕里恵)

書誌情報

【DOI】
https://doi.org/10.1098/rspb.2023.1860

【書誌情報】
Yurie Otake, Masato Yamamichi, Yuka Hirata, Haruka Odagiri, Takehito Yoshida (2024). Different photoperiodic responses in diapause induction can promote the maintenance of genetic diversity via the storage effect in Daphnia pulex. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 291(2016):20231860.