※ 詳しい研究内容について(PDF)を一部修正しました(2022年9月6日)
原子核を構成する源の力である核力は、陽子と中性子が比較的離れたときには引力ですが、陽子と中性子が重なり合うような近い距離では大きな反発力(斥力)へと変化します。この神秘的とも言える引力と斥力のバランスのおかげで原子核は自身の引力で潰れることなく安定に存在することができます。しかし、この斥力を生み出すメカニズムの理解は長年の課題でした。
このような短距離では、陽子・中性子の中に閉じ込められた物質の最小単位であるクォークのペアがパウリの排他原理に反して同じ量子状態をとることが起こり得ます。このときにクォーク間に強い斥力が生じると予想され、核力の短距離での強い斥力の一因と考えられています。しかし、このクォークのパウリ原理による斥力の強さは現在まで全く不明でした。ストレンジクォークを含む粒子であるΣ+と陽子との散乱では、2粒子内のアップクォークのスピンの向きをそろえパウリ原理の禁止状態を作ることで、このクォークのパウリ原理による斥力を調べることが可能となります。
このたび七村拓野 理学研究科博士課程学生、三輪浩司 東北大学准教授らの研究グループは大強度陽子加速器施設J-PARCのハドロン実験施設で、このΣ+と陽子の散乱の微分断面積を高精度で測定しました。微分断面積は、どの角度にどれくらい粒子が散乱されやすいかを示す量であり、これは粒子間にはたらく力を敏感に反映します。散乱する2つの粒子が3割程度重なり合うような場合に、核力はまだ引力であるのに対して、Σ+陽子間の力はすでに核力の2倍程度も強い斥力になっていることが、得られた微分断面積を解析することで分かりました。今まで未知であったクォーク間のパウリ斥力の強さを決定したことで、核力の短距離での斥力の理解が一層進むと考えられます。
本研究成果は、基礎物理の学術論文誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」の注目論文(Editors’ Choice)に選ばれ、2022年9月4日に、オンライン公開されました。
図:バリオン間にはたらく力として、核力とΣ+陽子間の力を比べたもの。引力、斥力の強さは色で示している。核力では遠方では引力であったものが、1fm(f=フェムトは1000兆分の1)以下の近距離において強い斥力へと変化する。一方で、Σ+陽子間力ではほとんど引力がなく、斥力が核力に比べ非常に強いことが予想されている。(図作成/三輪浩司)
【DOI】
https://doi.org/10.1093/ptep/ptac101
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/276097
【書誌情報】
T Nanamura, K Miwa, J K Ahn, Y Akazawa, T Aramaki, S Ashikaga, S Callier, N Chiga, S W Choi, H Ekawa, P Evtoukhovitch, N Fujioka, M Fujita, T Gogami, T K Harada, S Hasegawa, S H Hayakawa, R Honda, S Hoshino, K Hosomi, M Ichikawa, Y Ichikawa, M Ieiri, M Ikeda, K Imai, Y Ishikawa, S Ishimoto, W S Jung, S Kajikawa, H Kanauchi, H Kanda, T Kitaoka, B M Kang, H Kawai, S H Kim, K Kobayashi, T Koike, K Matsuda, Y Matsumoto, S Nagao, R Nagatomi, Y Nakada, M Nakagawa, I Nakamura, M Naruki, S Ozawa, L Raux, T G Rogers, A Sakaguchi, T Sakao, H Sako, S Sato, T Shiozaki, K Shirotori, K N Suzuki, S Suzuki, M Tabata, C d L Taille, H Takahashi, T Takahashi, T N Takahashi, H Tamura, M Tanaka, K Tanida, Z Tsamalaidze, M Ukai, H Umetsu, S Wada, T O Yamamoto, J Yoshida, K Yoshimura (2022). Measurement of differential cross sections for Σ⁺p elastic scattering in the momentum range 0.44–0.80 GeV/c. Progress of Theoretical and Experimental Physics, 2022(9):093D01.