木下こづえ 野生動物研究センター助教らの研究グループは、半単独性でさまざまなオスと交尾をするオランウータンに着目し、彼らの精液の特性を調べました。単独性の強いオランウータンと、群れ社会を持つチンパンジーの精液を無麻酔で採取し、液状部と凝固部の精子の運動性を比較しました。
霊長類の精液は、液体部、凝固部、および交尾栓の3つで構成されています。後者の2つ(凝固部および交尾栓)には他のオスの精子侵入を防ぐ役割があると考えられています。この凝固部の進化は、交尾後の精子競争に関連していると考えられてきましたが、凝固部の特性は動物種によって異なり、その機能は完全には解明されていませんでした。
本研究の結果、オランウータンの精液においては、液体部よりも凝固部において、より長く精子の運動性を維持することが明らかになりました。対照的に、複雄複雌の群れを持つチンパンジーの精子の運動性は、液状部と凝固部で違いが認められず、凝固部よりも液体部の方がわずかに高い運動性を維持しました。本結果から、オランウータンの凝固部には、他のオスの精液侵入に対する物理的障壁としてではなく、自身の精子の生存を増加させる機能があることが示唆されました。この独特な凝固部の機能を明らかにしたのは、本研究が初めてです。この独特な精液凝固部の特徴は、他の類人猿よりも相対的に交尾機会が少ないオランウータンの繁殖特性に起因すると考えられます。オランウータンはIUCNレッドリストで絶滅危惧種に指定されており、生息域内外での保全が求められています。本研究結果は、オランウータンの基本的な繁殖生態の特徴の理解だけでなく、飼育下での彼らの自然および人工授精等の生殖介助にも役立つことが期待されます。
本研究成果は、2021年1月19日に、国際学術誌「Primates」のオンライン版に掲載されました。
【DOI】 https://doi.org/10.1007/s10329-020-00887-2
Kodzue Kinoshita, Yoriko Indo, Tomoyuki Tajima, Noko Kuze, Etsuko Miyakawa, Toshio Kobayashi, Tomoyuki Nakamura, Mitsuaki Ogata, Fumihiko Okumura, Takashi Hayakawa, Naruki Morimura, Yusuke Mori, Munehiro Okamoto, Yasuhiko Ozaki & Satoshi Hirata (2021). Comparative analysis of sperm motility in liquid and seminal coagulum portions between Bornean orangutan (Pongo pygmaeus) and chimpanzee (Pan troglodytes). Primates, 62, 467-473.