高林純示 生態学研究センター教授らは、山口大学、東京大学、筑波大学などと共同で、カイコが吐糸口から分泌する新規発見酵素が植物の香り生合成を操作し、天敵である寄生バエから身を守りながらクワの葉を食べる戦略を獲得していたことを実験的に明らかにしました。
本研究成果は、2018年8月9日に英国の科学誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
研究者からのコメント
カイコガの幼虫は自分に有利になるように植物の形質(この場合は、みどりの香りの生産性)を改変しながら桑の葉を食べる、という結果は、昆虫-植物間の食う食われる関係に新しい光を当てるものです。本研究で用いたカイコガの幼虫だけでなく、ヤガ科の幼虫でもみどりの香りを抑制する成分が絹糸腺にあることが分かりつつあります。今後は、植食性昆虫がこのような機能を持つ酵素を持つに至った要因に迫りたいと思っています。
概要
植物は虫に食べられると「みどりの香り」を放出し、その虫の天敵を誘引して退治してもらいます。このメカニズムは、植物の間接防衛と呼ばれ一般的によく知られています。一方で、寄生バエのような寄生性昆虫は、この香りを頼りに「元気」な宿主を効率的に見つけます。
本研究グループは、クワの葉-カイコー寄生バエ(ヤドリバエ)からなる生物間相互作用で、カイコが寄生バエに寄生されないために獲得した戦略について検討しました。カイコは、クワの葉を食べる際に口の近くの吐糸口から酵素を分泌し、食べ痕に塗りつけます。この酵素が「みどりの香り」の生成を抑制するため、クワはカイコの天敵であるヤドリバエをうまく誘引できなくなることが分かりました。これは、ヤドリバエに悟られないように、カイコが分泌酵素を用いて「みどりの香り」の生合成を操作し、安全にクワの葉を食べる戦略を獲得していたことを意味します。
また、この酵素はこれまでに知られていない新規発見酵素で、チョウやガの仲間だけに見られる特徴的な酵素であることも明らかにしました。
本研究成果は、虫が植物の代謝系を操作して自分に不利な香りを出させなくするメカニズムを世界で初めて解明したものです。植物(クワ)と肉食者(寄生バエ)が間接防衛を介して結託する状況下で、植食者(カイコ)が編み出した巧みな生存戦略として注目される生態です。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41598-018-30328-6
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/234198
Hiroki Takai, Rika Ozawa, Junji Takabayashi, Saki Fujii, Kiriko Arai, Ryoko T. Ichiki, Takao Koeduka, Hideo Dohra, Toshiyuki Ohnishi, Sakura Taketazu, Jun Kobayashi, Yooichi Kainoh, Satoshi Nakamura, Takeshi Fujii, Yukio Ishikawa, Takashi Kiuchi, Susumu Katsuma, Masayoshi Uefune, Toru Shimada & Kenji Matsui (2018). Silkworms suppress the release of green leaf volatiles by mulberry leaves with an enzyme from their spinnerets. Scientific Reports, 8:11942.