市川正敏 理学研究科講師、大村拓也 同博士課程学生、西上幸範 日本学術振興会特別研究員、石川拓司 東北大学教授、野中茂紀 基礎生物学研究所准教授らの研究グループは、繊毛虫テトラヒメナが岩や石などの壁面へと集まってくる仕組みを解明しました。本研究では、テトラヒメナが壁面付近を泳ぐ際の動きを実験で観測し、計測結果を流体シミュレーションで検証しました。その結果、餌を食べるために繊毛虫が壁面へと集まってくる性質が、「推進力を生み出す繊毛の機械的な仕組み(カラクリ)」と「繊毛虫の細胞形状」という単純な2つの要素だけで説明できることを明らかにしました。
本研究成果は、2018年3月12日に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)オンライン版に掲載されました。
研究者からのコメント
学校の理科の実験で池や川の微生物を顕微鏡で観察したことがある人、手を挙げてください。今回扱ったテトラヒメナやゾウリムシは、理科の実験でもよく登場する、繊毛虫という単細胞の微生物です。繊毛虫は細くて短い繊毛という毛を無数にまとい、その毛をオールで漕ぐように振り回して水中を泳ぎます。彼らは、観賞魚の病気の原因になったり、水域環境の維持に役立っていることが知られています。そんな彼らが起こす問題の解決には、動きや習性といった生態のメカニズムを解明することが決定的に重要です。
今回、餌を食べる際に壁付近を這いながらスライドする動きと、壁から壁へと水中を高速で遊泳する仕組みの2つが、繊毛のストール力の設定(どのくらいの外力で繊毛の動きが止まるか)と繊毛虫の細胞形状の2点だけで両立され、自動的に切り替わっていることが明らかになりました。今後は、壁付近を好むこの性質が、繊毛虫の生態にどこまで関与しているのかを具体的に調べていきたいと考えています。
概要
テトラヒメナやゾウリムシなどに代表される繊毛虫は池や湖などの広い空間を遊泳している印象が強いですが、実は野外では池の底や石、葉っぱの表面などの固体と液体の境界である壁面付近に多く分布していることが経験的に知られています。この壁面付近は、餌となる有機物が堆積し、周りの流れも弱くなるため環境の変化が少ない、繊毛虫にとっては生きやすい環境であると言えます。しかしながら、遊泳しているはずの繊毛虫テトラヒメナがどのようにして壁面を検知してその付近に集まるのか、といったメカニズムは解明されていませんでした。
本研究グループは、繊毛虫テトラヒメナが壁面付近を泳ぐ際の動きを実験で観測し、計測結果を流体シミュレーションで検証しました。その結果、繊毛虫が壁面にとどまり続ける性質が「推進力を生み出す繊毛の機械的な刺激応答特性」と「繊毛虫の細胞形状」という単純な2つの要素だけで説明できることを明らかにしました。それにより、餌を食べる際の壁を這う運動と、餌場を探して壁から壁へと水中を高速で泳ぐ2つの運動とが、テトラヒメナ自身も特に意識することなく自動的にスイッチする形で両立されていることが分かりました。
本研究によって、複雑にも見える繊毛虫テトラヒメナの行動選択が、カラクリ細工のような非常に簡単な原理で実装されていることが初めて明らかになりました。このような行動選択の機構解明は、微生物の大量生産などの工業的課題や、微生物が引き起こす病気などの問題解決に重要な知見となります。また、近年の研究で繊毛虫を含む原生生物の行動が積もり積もって地球環境に大きく影響していることが認識され始めています。将来的には本研究の知見が地球環境のシミュレーターなどに用いられ、地球環境を考える一助になることも期待されます。
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1073/pnas.1718294115
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/230282
Takuya Ohmura, Yukinori Nishigami, Atsushi Taniguchi, Shigenori Nonaka, Junichi Manabe, Takuji Ishikawa and Masatoshi Ichikawa (2018). Simple mechanosense and response of cilia motion reveal the intrinsic habits of ciliates. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 115(13), 3231-3236.