自動車用鋼板の開発に新しい道筋 -先端鉄鋼「TRIP鋼」の引張力に対するふるまいを実験的に解明-

ターゲット
公開日

ゴン・ウー 学際融合教育研究推進センター構造材料元素戦略研究拠点ユニット特定研究員、ステファヌス・ハルヨ 日本原子力研究開発機構J-PARCセンター研究主幹、土田紀之 兵庫県立大学准教授、阿部淳 総合科学研究機構中性子科学センター研究員らの研究グループは、中性子回折実験により、自動車などに使われる先端鉄鋼「TRIP鋼」が高強度であることの原因を解明しました。

本研究成果は、2017年11月9日に英国の科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

研究者からのコメント

高分解能高強度の連続中性子回折実験手法を用いて、TRIP鋼の高強度と高靱性の原因を明らかにしました。今後中性子回折手法が先端金属材料の研究に新たな展開をもたらすことが期待できます。

本研究成果のポイント

  • 衝撃吸収特性に優れた構造部材として自動車などに使われる先端鉄鋼「TRIP鋼」の引っ張り力に対する結晶構造の変化及びそれがもたらす影響を中性子回折実験で詳しく解明することに世界で初めて成功
  • 外力の引っ張りによってTRIP鋼に含まれる「残留オーステナイト」の結晶構造が変化(相変態)して生じる「マルテンサイト」が鉄鋼の強度を高めていることを実験的に引っ張りながらその場で詳しく解析し、証明
  • TRIP鋼の炭素含量の違いは鉄鋼の相変態による強度変化に影響しないことも証明
  • さらなる自動車の軽量化と衝突安全性を高めるためのTRIP鋼の開発に有用

概要

TRIP鋼は、外から力が加わった場合に組織構造が変化し「相変態する」という特徴を持つ材料で、衝撃吸収特性に優れているため、自動車などの構造部材に多く用いられています。

本研究グループは、J-PARCの物質・生命科学実験施設に設置している高性能工学材料回折装置「匠」を用いて、長さ5cmのTRIP型鋼試験片が千切れるまで引っ張りながら、中性子回折測定を行いました。解析の結果、引っ張る際にTRIP鋼の内部で起きる相変態で「残留オーステナイト」から生じる「マルテンサイト」が、TRIP鋼の強度向上に大きく寄与していることを証明しました。また、炭素含量の重量比が0.2%と0.4%のTRIP鋼で同じ引っ張り実験をしたところ、この違いは相変態による強度変化には影響しないことも証明しました。TRIP鋼の中で変形の際に起きる組織変化の挙動を定量的に詳しく解析できたのは本実験が世界で初めてです。

これは、透過能力が大きく試験片内部の原子配列を見ることのできる中性子を利用し、さらに装置分解能および強度が高い「匠」により、試験片の変形を止めることなく連続に中性子実験ができる手法を開発したことによる成果です。

図:TRIP鋼の変形中に起きる相変態の概略。衝撃吸収にも優れ、自動車材料として使われており、さらなる改良が継続的に行われている。

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41598-017-15252-5

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/229496

Stefanus Harjo, Noriyuki Tsuchida, Jun Abe & Wu Gong (2017). Martensite phase stress and the strengthening mechanism in TRIP steel by neutron diffraction. Scientific Reports, 7, 15149.